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第746話 Endless Summer (4)

 ふいに哲のことなどを思い出してしまい、和樹はそれを頭から追い出そうと、涼矢の首筋を強く吸った。ハイネックでも着なければ隠れない場所だ。8月の終わりのこの時期に、そんな服を着るはずもない。赤くなったその痕は、エミリや明生と会う日までに消えるだろうか。――消えなくていい。明生はともかく、エミリは勘付くかもしれないけど。でも、構わない。  嫉妬交じりに思い浮かぶ哲の姿を脳裏から消し去るためにした"マーキング"。だが、哲を追いやった後にはエミリが現れた。そのことに自分でも驚いた。エミリを相手にそういう感情が湧いたのは初めてだ。Pランドで涼矢とキスをしたと聞いた時でさえ、大して気にしなかった。哲の時には涼矢と呼び捨てされるだけでも、あんなにイライラしたというのに。 ――だって、エミリは哲みたいなこと、しないし。良い子だし。まっすぐに涼矢が好きだったの、分かるし。あの時のエミリはきっと、涼矢に「キスしてくれたらすっぱり諦める」とでも言ったのだろう。そう言ったからには、有言実行ですっぱり諦めただろう。そして、新しい恋に向かっていくはずだ、エミリなら。  確かにそう思っていたのだ。だから、ストーカーから匿う時だって、エミリに対する嫌悪感はなかった。あったのは、和樹の部屋に居候すると聞いた涼矢が不安に思いはしないか、その心配だけだった。それなのに、今になってふつふつと湧き上がる嫉妬心に、和樹自身が戸惑った。――キャラつきの絆創膏だと? そんなもんで俺の涼矢がほだされるわけないっつの。けど、涼矢もいちいちそんなちっぽけなこと、覚えてんじゃねえよ。  言いがかりのようなそんな独占欲の証が、今、目の前にある涼矢の首筋の赤い痕だ。 「()っ。」涼矢が顔をしかめた。和樹が服の下に手を差し入れて、乳首をつまんだ時だ。少しばかり力が強すぎたかもしれない。だが、その後に続く「はぁっ。」という短い声は甘くて、痛みばかりでもないらしい。和樹は涼矢のシャツを脱がせて、露わになった胸に舌を這わせた。「あっ……んんっ。」涼矢は自分で自分の手の甲を口元に押し当てて、声を漏らすまいとする。 「涼。」和樹は涼矢の上で上半身を起こしてから、改めて涼矢の胸に顔を埋め、その背中に両手を回した。 「ん。」涼矢も和樹の背中に手を回す。「好きだよ。」和樹の頭を撫でながら言った。鼻先に和樹の髪の毛が触れる。少し汗の匂いがする。上から見下ろす角度で見る和樹の長い睫毛。それに見とれていると、ふいに和樹が顔を上げた。どうしてだか、ひどく不安そうに見える。 「エミリにキスした時、なんも感じなかった?」  突然の和樹からの質問に、涼矢は狼狽えた。「え……いつの話だよ。」 「卒業式の後の。」 「マジで答えるなよ、覚えてるよ、さすがに。」 「じゃあ、どう思ったかも覚えてるよな?」 「……怖かったよ。」 「えっ?」 「和樹の言ってた通りだった。女の子って小さくて、華奢で。」  心細い表情が一転して、ムッとする和樹だ。「なんだよ、そんなこと思うほど、ギューッてしたわけ?」 「してないよ、肩にちょっと手をかけたぐらい。それだけだったけど、その肩が細くて、びっくりした。水泳やってる女子はみんな肩幅しっかりしてるし、その中でもエミリは体格良いほうだと思ってたから、それでもこんなに小さいんだって思った。ちょっとでも力入れたら壊しそうで、怖かった。」 「それだけ?」 「それだけだよ。」 「チューの感想はないの?」 「ないよ。」 「俺とは違った?」 「はあ?」からかっているのかと、涼矢は和樹の表情をじっと見た。だが、和樹は茶化す表情でもない。「……違った。」  和樹は何も返さないが、納得したようには全く見えない。どうやら、しつこいと咎められたばかりの手前、根掘り葉掘り聞くのを躊躇っているようだ。 「彼女、ちょっと震えてた。俺も緊張してたけど。」と涼矢が言う。 「初々しいな。」和樹は少し笑った。 「俺もそんなだったのかなって思った。……おまえと、最初の時。」 「エミリとキスしながら、俺のこと考えてたの?」 「そうだよ。」 「ふうん、そっか。」心なしか、和樹は嬉しそうだ。そして、顔をぐいっと涼矢に近づけて、キスをした。「もう、震えてないな?」 「当たり前だろ。」 「俺が手取り足取り教えてやったもんな。」 「そうですよ、センセ。」涼矢は和樹の顎を引き寄せ、軽く口づける。「出来はいかがですか?」 「もっと上級者編も教えただろ?」和樹は半開きの口を突き出して挑発してきた。涼矢はわざと舌を出してみせてから、和樹の口を自分の口で塞ぎ、2人は舌を絡めあった。  濃厚なキスを繰り返しながら、その合間に服を脱ぐ。全裸になると、競うように互いの体のあらゆるところに口づけをした。 ――そうだよ。おまえが教えたんだよ、和樹。俺には唇があるってこと。舌があること。鎖骨があること。乳首があること。脇腹と太腿。膝裏。脛とふくらはぎ。背中。腰。おまえがそこに口づけるたびに電流が走る思いがして、俺は自分の体の形を知るんだ。おまえが触れたところはどこも気持ち良くて、おまえの中も気持ちいい。

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