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第748話 Endless Summer (6)

 和樹は黒目をくるんと上に向けて何かを思い出そうとするが、ピンと来た顔にはならなかった。「え、あれ、そうだったの。夢中でよく分かんなかった。」 「まあ、どっちでもあんま変わんないかな。」 「匂いも、言われてみれば、って感じだしな。」 「じゃあ、これはよそゆき用に取っておいて、普段はいつものにするか。コスパ的に。」涼矢は笑う。 「コスパ的にな。」和樹も涼矢の言葉を繰り返して笑った。 「でも、こういうのも使用期限あるから、あんまり大事に取っておいても仕方ないんだけど。」 「そうなの?」 「ほら、ここに期限、印字してある。」 「ほんとだ。知らなかった。期限過ぎたらどうなるんだ?」 「さあ? 劣化して、破れやすくなるんじゃない?」 「怖えな。奏多もそういう……。」和樹は言いかけて、黙った。 「それは知らないけどさ。」 「あいつ、どうせカオリ先生が初めてだろ?」 「知らないよ。とりあえず、あの人以外とつきあってた話は聞いてない。」 「だよな。」  ほんの1分ほど、シンとなった。先に話し出したのは、やはり和樹だ。 「あんなことがあれば、あの2人もギクシャクするだろうな。」  涼矢はそれに答えず、ベッドから出て、自分のバッグを物色しはじめた。そして、スマホを操作しながら戻ってくる。「カオリは順調。月曜日からは普通に仕事にも行ってるから心配するな。今回のことでは迷惑かけてごめん。あと、ありがとう。和樹にもよろしく。」涼矢が画面を読み上げた。  涼矢にしては珍しいことだ、と和樹は思う。他人のことを、第三者に勝手に伝えることを嫌う涼矢。 「奏多から?」 「ああ。手術が土曜日で、その何日か後に来た。」 「2日後には教壇に立ったってことか。」 「そうだな。」 「そう、か。」  少し重い空気が流れて、また静まり返る。涼矢はスマホをテーブルに置くと、バスルームに向かった。今度は涼矢が先に静けさを破った。「先にシャワー使わせてもらう。和樹はちょっと休んだほうがいいだろ?」 「ん。そうする。」和樹はベッドの上で、意味もなくごろごろと寝返りを打った。  夕食はありあわせのもので作った、何の変哲もない肉野菜炒めだった。それでも、今までは「ありあわせ」の材料すらなかったことを思えば、和樹の一人暮らしスキルが成長したとも言えた。ジャガイモ、人参、玉ねぎ、キャベツ、それに豚肉にツナ缶。涼矢が来るたびに「それすらもないのか」と嘆いていた品々はすべて揃っていた。――実際は、それらは常備されるようになったわけではなく、今回、涼矢が東京に来ると言い出してから、慌てて和樹が買い揃えておいたのだけれど。 「今回、荷物少ないよな。ノーパソとか本とか持ってきてないの?」大皿に山盛りにした野菜炒めに箸を伸ばしながら、和樹が言う。 「持ってきてない。それほど勉強する予定ないし。」 「そうなの?」 「テキスト1冊だけ持ってきたけど、それだけ。だって、和樹もしばらく何の予定もないんだろ?」 「ああ、前はバイトとかあったもんな。」 「うん。」 「今回はバッチリ相手してやっから。」和樹はサムアップをしてみせる。 「もうかなりバッチリ相手してもらったけどね。」涼矢は平然とそんなことを言う。 「まだまだ、明日も明後日もあるぜ?」 「ディズニーもある。」 「明生、喜ぶだろうな。」 「うん。」  和樹の箸がふと止まる。「それで気が済んでくれればいいんだけど。」  涼矢も口元にまで持っていこうとした箸を元に戻す。「そう思う?」 「そりゃな。……おまえだって、そういう意味で提案したんだろ?」 「元は和樹の発案だよ。いや、宏樹さんか。」 ――1日だけでいい。時間を作って相手をしてやれ。そして、気持ちにけりをつけさせてやれ。  かつて涼矢に告白されて戸惑った和樹に、宏樹が言った言葉。それを聞いて、涼矢にデートしようと持ちかけた。自分のことを諦めさせるためのデートだった。  和樹は完全に箸を置いた。それを見た涼矢も同様にした。「それでいいんだよな?」涼矢のほうは見ずに、和樹は言う。 「え?」 「それで明生は、満足してくれるよな?」 「それは正直、分かんないけど。」 「おまえは、もし。」和樹は顔を上げ、涼矢を見た。「あの時、ただ1日だけデートして、それで、また同窓会で会おうぜとかなんとか言って別れたとして、それで、満足した? 諦められた?」  涼矢は髪をかきあげ、考え込む。答えが分からないのではなく、それを和樹にどう伝えればよいかを考えあぐねていた。 「いや、いいよ。無理して答える必要ない。そんな『たられば』の話したって、しょうがないしな。」 「……満足はしなかったと思うけど、諦めはついた、かな。」涼矢はそこで顎に手を当てて、再び考え込む。だいぶ間を空けてから続けた。「いや、ちょっと違うか。諦めるかどうかで言えば、最初から諦めてはいるわけだし。うまく言えないけど……まあ、結局は、良い思い出をありがとう、っていうところに落ち着くしかないっていうか。ある程度の気持ちの踏ん切りはつく、かな。」 「ある程度、かあ。」 「明生くんがどう思うかは知らないよ。彼はああ楽しかった、って満足して終わるかもしれない。」

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