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第751話 Endless Summer (9)
「出会い方が違ってたら平気だったかもしれないけど。」和樹はまだ折れない。「元々毎日顔を合わせてただろ? 俺らって。今になってそうじゃないのが、どっか納得行かないよなあ。」
「毎日顔を合わせられないの、しんどい?」涼矢は下から覗き込むようにして聞く。
和樹はそんな涼矢からわざと視線を外して、何もない天井の隅を見る。「でも、仕方ないもんな。」
「和樹、意地悪だな。」涼矢が笑う。握っていた手の指を組み変えるようにして、和樹と指を絡ませた。「淋しいって言ってよ。」
「言わねえ。」そっぽを向いたまま和樹が言う。
「俺は、淋しいよ? すごく淋しい。俺は1人暮らしになったわけじゃないのにね。」今度は和樹の指を一本一本ほどいては、マッサージをするように撫でた。
「おまえさ、おまえって。」和樹は涼矢のそんなセリフを聞きながら、既視感を覚えていた。「前にもこういうこと、あったな。」
「ん?」
「ああ、あれだ。」和樹は思い出にたどり着く。上京前日の、涼矢の部屋。溺れるようにずっと抱き合って過ごして、いよいよ帰らなくてはならなくなって、その去り際に、淋しくて死にそうだ、と涼矢が言った。言葉にしたらもっと淋しくなる。だからもう言わないでくれと言ったのに、涼矢は淋しい淋しいと何度も繰り返した。
「あれって?」
手だけを涼矢に預けて好きにさせていた和樹が、やっと涼矢を見る。「こっち来る前の日。おまえ、その時も淋しい淋しいって。」
「そうだっけ。」涼矢は微笑む。
「覚えてるだろ、ホントは?」
「……覚えてるよ。あんなの、忘れるわけない。」
「淋しがりなんだなあ、意外に。」
「うん、そう。和樹限定でね。」涼矢はテーブルに肘をつき、顔を斜めにして和樹を眺める。無遠慮な程にうっとりとした視線を向けられて、戸惑ったのは和樹のほうだ。淋しがっているのは涼矢なのに、その涼矢のほうが余裕があるように思えてならない。「ほら、ずっと見てられる。おまえと一緒にいたら、勉強なんかできっこない、だろ?」そんなことまで言う涼矢のほうが。
「嘘だ。前の夏休みは、パソコンまで持ってきて、俺そっちのけで勉強してたじゃないか。」和樹はなんとか言い返した。
「あはは、そうだっけね。でもさ、ああでもしなきゃ止まんないから。」
「何がだよ。」
涼矢はにっこり笑ったかと思うと、ずっといじっていた和樹の手をつかむと同時に、もう片方の手では和樹の襟元をつかんで、一気に和樹の顔を自分のほうへと引き寄せ、強引にキスをした。「こういうこと、したくなる。」
和樹は反射的に涼矢を押し返した。「そ、そういうことは普通にやれよ。そんな、急にやるんじゃねえ。」
「和樹の普通ってなんなの。」涼矢は笑う。「急にしちゃだめってこと? 予告すればいいの?」
「違うだろ、こう、雰囲気っていうか、ムードっていうか。」
「ムードねぇ……。いや、俺にムードは無理だろ。」
和樹も吹き出した。「悪い、それは無理だったな。」
涼矢は場を仕切り直すように、床から立ち上がり、ベッドの端に腰かけた。「それで、さっき言いかけてたの、何?」
「なんだっけ。」
「メシが冷めるから後にしようって。」
「あ、そうだった。大したことじゃないんだけどさ。奏多はおまえのこと友達だと思ってるよって話。」
「それは聞いた。」
「それは、おまえが優しいからだってことをね。言いたかった。」
「優しくはない。」
「優しいよ。涼矢は俺よりずっと優しい。相手のこと、先々まで考えててさ。」
「なんだよ、褒め殺す気か。」
「違うって。ま、そんなことを言っておこうと思っただけ。わざわざ言う必要もないかもだけど。」
「俺は和樹のほうが優しいと思うけど、でも言うのはやめとく。」
「言っちゃってるし。」和樹はクスクス笑い、涼矢は鼻をフンと鳴らすように笑った。
ベッドに腰掛けている涼矢の足に、和樹はもたれるようにして座る。太腿によりかかる和樹の頭を、涼矢は撫でた。和樹には言えないが、毛づくろいでもしている気分になる。
「お隣さんの電気代の理由、なんだと思う?」突然和樹が言った。「だって俺より部屋にいる時間短そうなのに、エアコン代だけでうちの倍もかかるわけないし。掃除機や洗濯機だってそこまで差があるはずないよな。」
「ペット飼ってたらエアコンつけっぱなしにするかもよ。」
「ここペット禁止だよ? 内緒で飼ってたとしても、声も物音も聞こえないから、犬や猫ってことはないと思う。ハムスターみたいなちっこいのだったら分からないけど……でも、ハムスターのためにエアコンつけっぱなしにするかなぁ?」
「じゃあ、インコ……は、なさそうだよな。あ、そうだ、魚。熱帯魚じゃない? あれ、水槽の温度管理しないといけないから結構電気代かかるって聞いたことある。」
「ああ、なるほど。それはありうる。……熱帯魚かぁ。俺も何か飼いたいけど、やっぱ犬か猫がいいんだよなあ。ここにいる間は無理。」
「犬は毎日散歩させなくちゃならないんだろ?」
「そうだね。」
「俺、やんねえぞ、そういうの。」
「は?」
「だから、ペット飼いたいなら飼ってもいいけど、世話はおまえがやってくれってこと。」
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