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第753話 Endless Summer (11)

「男だったら興味持ったのかよ?」和樹がニヤニヤしながら言う。 「訂正。和樹以外に興味はない。……あ、でも。」 「でも?」 「俺の通ってる歯医者、結構イケメンで。」 「だから通ってんの?」 「そんなわけないだろ。単にこどもの頃に親に連れられて行ったところに、そのまま通い続けてるだけだよ。」 「でーもー、イーケメーンかーあ。」和樹は妙な節をつけてそう言い、ジロリと涼矢を見た。「おまえ、メンクイだもんな?」 「それがマスクしてるとイケメンなのに、外すと別人なんだよ。人の顔って口元で結構印象変わるもんだな。」 「いるいる、写真撮る時に口元隠す女子。」和樹は涼矢の口元に手をかざしてみる。「うーん。おまえの顔は見慣れちゃってるから、分かんないや。」  涼矢はその和樹の手を取って、手をつないだまま和樹と同じように仰向けになった。「和樹は何したってイケメンだよ。」 「はいはい。」  涼矢はふふっと笑う。「すっかり言われ慣れちゃって。」 「おまえ相手にいちいち、そんなことないよぉ、なんて言ったってしょうがないだろ。」 「確かに。……和樹はイケメンでモテて、今だってきれいな子が周りにいて。」 「なんだよ、突然。」 「俺は女の人に胸を押し付けられても嬉しくないけど、和樹はそれなりに喜ぶんだろうし。」 「はあ?」和樹は顔を横に向けて涼矢を見る。 「でも、今は俺と手をつないでる。」 「どうしたんだよ。」 「不思議だなぁって思ってさ。」涼矢も顔を和樹のほうに向けた。続きを言いそうに唇がわずかに動くものの、何も言わない。  和樹はつないだ手に力を籠める。「不思議じゃないよ。」  そう言われて、涼矢は自分が何を不思議がっていたのかと考える。生来のゲイでもない和樹と、今ではこういう関係になっていること……それを指して発言したのは間違いない。でも、和樹に改めて言われると、それだけではない気もしてくる。 ――俺が和樹を好きになったこと。それを和樹が受け入れてくれたこと。和樹も俺を好きになってくれたこと。それを自分が信じられるということ。俺たちはこれから先もそうであり続けるだろうと思えること。それを当たり前のように感じられること。  似てはいても、少しずつ異なった感情の断片。一気にそれらを手に入れたわけではない。疑り深く慎重に獲得してきた。時に信じきれないこともあったし、後戻りしているように思えたこともあった。 「あの時、友達でいようって言われていたら、そのまま卒業して、一生会うこともなかっただろうな。」涼矢は呟く。水泳部の仲間たちとの記念写真を撮りに行くために、2人で歩いた薄暗い廊下と、窓から斜めに射し込んでいる光のコントラストを今でも覚えている。 「あの時って、あの時?」 「うん。俺が言うのもなんだけど、よく俺と……て言うか、男とつきあう決心ついたよな?」 「決心ってほどのもんじゃないよ。」少なくとも涼矢の告白ほどには、悲壮な覚悟をしていたわけじゃない、と和樹は心の中で補足する。「どうしたらいいか迷う時は、とりあえず試してみればいい、というのが俺のモットー。」 「……最初の時もそんなこと言ってたよな、おまえ。とりあえずヤッてみたら分かる、とかなんとか。」 「そう、言った言った。」和樹は自分のしたことを思い出して苦笑した。「でもま、実際、そうだったろ?」 「そうだけどさ。」涼矢は和樹の手をさりげなくほどき、体を半回転させ、左半身を和樹に預けるようにした。  和樹に好きだと伝えたら、それだけで終わらせるつもりだった恋は、いつの間にかこんなところにまで来た。 「俺も正直不安だったよ。なんせ男とヤッたことなんかねえし。」 「それで俺相手に、よく勃ったな。」 「だよな。」 「そこは否定しろよ。」 「まあね、あの時の涼矢くんは、それはそれは可愛かったからね。」 「はあ?」涼矢は照れ隠しもあるのか、肘で和樹の脇腹をつついて抗議した。和樹はもぞもぞと動いて、回避する。 「普段は仏頂面のくせしてさ。そのギャップにやられたってとこかな。」 「だったら、おまえに愛想悪くしておいて正解だったわ。計画通り。」涼矢も負けじと言い返す。  和樹は涼矢の取ってつけたような言葉に思わず笑ってしまう。涼矢自身もそれにつられて笑う。「そんな風に笑う奴だって思わなかったんだ。」 「ん?」 「あの時は、おまえのこと……ま、嫌いではなかった。泳ぎじゃ負けたくねえとは思ってたけど、それ以外は……良い奴だなとは思ってたよ。でもそれだけで。……好きか嫌いかで言えば好きだったけどさ、ちょっと変な奴っていうか。誰とも馴染んでないような、柳瀬と仲良いのは知ってたけど、あいつとだってそんなにベタベタしてなかったし、いつも、みんなと一歩距離置いてる感じはしてた。俺とはそれ以上に距離置いてると思ってたけど、それはライバル視されてるんだなと思ってて。当然、それまでおまえのこと、そういう目で見たことなかったわけだしさ。」 「うん。それは知ってる。分かってた。」 「でも、おまえ、笑うからさ。あんなインド映画見て、声出して笑ってて。そういうの、ずるいよな。」

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