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第754話 夏の終わり (1)

「ずるいって言うか?」涼矢はまた笑う。 「死にそうな顔で告ってくるわ、泣くわ、かと思ったら、あんな風に笑うわで。そういうおまえを見たことなかったから。気になるだろ、そりゃ。ギャップ萌えってやつかな。」 「なに馬鹿なこと言ってんだよ。だいたい、そんなこと言われたって、記憶ねえし。」 「そうそう、そういうのも。おまえ、照れると口が悪くなって、俺のことバカバカ言いまくって。それが好きな奴に対して言う言葉かって思ったよ。でも、それ含めて、あの時までおまえとそんなに長く喋ったこともなければ、おまえがそんな風にポンポン悪口言うところも見たことなかったから、なんなんだコイツって余計気になるし。あれが計画通りって言うなら、おまえも大した策士だな。」 「……本当にそうだったら、最初からもう少し上手に立ち回ったよ。」 「だよな。」和樹は涼矢の頬を撫でた。「おまえにそんな器用な真似できないことは、知ってた。」  だからだ。だから、涼矢の告白が嘘や冗談ではないということはすぐに分かった。だから、少しは報いてやりたいと思った。だからデートをした。だからキスを。  和樹は涼矢を抱き寄せた。「エミリとキスした時、俺のこと考えてたって言ったろ?」 「うん。」 「俺とキスした時は、何考えてた?」 「は?」 「初めての時。」 「……そんなん、忘れたよ。つか、何か考える余裕なんかない。真っ白だったと思う。」 「そっか。」 「そんなもんじゃないの、ファーストキスなんて。」  和樹は一瞬目を丸くして、涼矢を見つめる。なんだよ、と言いたそうに涼矢は和樹をにらんだ。「ファーストキスとか言われると、なんかちょっとクルわ。」 「は? 何言ってんの、おまえ。」 「涼矢くんの可愛いところを、改めて思い出したって話だよ。」 「うるせえよ。」  涼矢は和樹の胸に顔を埋めた。和樹が優しくトントンと背中を叩く。母親が赤子を寝かしつける時の仕草だ。自分も佐江子にそうしてもらっただろうか。今の佐江子からは想像もつかないけれど、してもらったに違いない、と涼矢は思う。そして、そんな佐江子の「母親としての」愛情深さに気付かせてくれたのも和樹のおかげだと思い、いつの間にか眠りに就いた。  3日後、二人は早起きをした。ディズニーランドの開園に間に合うように出発しなければならなかったからだ。エミリも明生も和樹と同じ沿線住まいだから、そのまますぐに移動できるように駅のホームで待ち合わせた。  一番に到着していたのはエミリで、二人の姿を目にすると元気よく手を振って合図をした。 「おはよ。」と和樹が言う。「朝早くから悪いね。元気だった?」 「いつもはもっと早起きだもん、全然余裕。」エミリは快活に笑う。「あんたたちは元気にしてた? 涼矢はいつまでこっちいるの?」せっかちに質問をするエミリだ。 「9月に入ってから戻ろうと思ってる。」 「そう。じゃあ、そこそこ長くいられるのね。どうなのよ、二人は楽しくやってるわけ?」 「うん。そこそこね。」和樹が笑う。 「あたしと遊んでる場合なの?」エミリは横目で二人を見る。 「来てくれて助かったよ。」 「どうして?」 「だって涼矢の奴、ミニーのカチューシャ……」  和樹が言いかけた時に電車が滑り込んできた。早朝のことで乗客はまばらで、降りてくる人の中から明生を見つけるのは容易だった。明生もすぐに和樹たちに気付き、小走りしてきた。 「おはようございます。」明生は三方向に軽いお辞儀を繰り返した。 「おはよう。」和樹が言う。涼矢は便乗してにっこりするだけだ。  エミリは一歩前に進み、元気よく言った。「はじめまして! 堀田エミリです!」 「こんにちは。塩谷明生です。」明生は気圧されつつもそう言い、もう一度エミリにお辞儀をした。再び上げた顔は照れたように赤い。 「やだー、可愛い!」と、いきなりエミリが明生の頭を撫でまわす。おいおい、と和樹が制止するが、形ばかりのことで、おもしろがっているのは明らかだった。 「可愛いだってよ。怒っていいぞ、明生。」 「明生? 明生って呼んでるの? あたしも明生って呼んでいい?」 「あ、は、はい。」 「あたしのことはエミリでいいからねっ。よし、出発!」  エミリが宣言したのと同時に次の電車がホームに入ってきた。  平日の朝の電車はスーツ姿の会社員の姿が多いが、通勤ラッシュには早い時間帯の上、学生は夏休みで普段よりは車内は空いていて、ところどころに空席はある。が、座らずに立ち話をする4人だ。  特にエミリが明生に何くれとなく話しかけた。学校は楽しいか、部活はやっているのか、夏休みの宿題はやったのか。明生は人見知りらしく、そっけないほどに短い返事だけを返している。やがてエミリも明生に会話を振るよりも、馴れ親しんだ和樹たちと会話をしたほうが明生もリラックスできそうだと判断したらしく、和樹たちのほうに話しかけ始めた。 「地元には帰ってるの?」 「うん、7月にも帰ってた。」 「あ、そうなんだ? あたしはなかなか帰れてないのよね。大学が休みでもトレーニングはあるし。バイトもサークルも何もできない。」 「大変そう。体壊すなよ。」 「和樹は? 一人暮らしでコンビニ弁当ばかり食べてたりしない?」エミリは笑う。エミリが和樹の家に転がり込んだ日は、二人でコンビニ弁当を食べた。

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