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第756話 夏の終わり (3)
「ええ、おかげさまで。」とエミリに向かって涼矢は言う。
「俺は産んだ覚えはないぞ。」と和樹が言った。
「じゃあ、俺かな。俺、嫁だしな?」
涼矢がそんなことを言い出すと、明生と、それに和樹も同時に「へっ?」と声を上げた。平気な顔で聞いていたエミリが言う。
「あれ、明生、2人の関係、知ってるんじゃないの?」
「し、知ってますけど。嫁なんて言うから。」
「俺、和樹の嫁になるんだ。プロポーズされ済み。」涼矢は和樹に向かって「な?」と念押しをした。
「馬鹿、このタイミングで言うな。」和樹は焦った口調で言う。
「だから花嫁ベールつけたかったんだけど、エミリに譲れって。ひどいよね。ベールって、これなんだけどさ。」涼矢はバッグからミニー仕様のベールつきカチューシャを出して見せた。ミニーの耳に、ピンクのバラの飾り、そしてチュール素材のベールのついたカチューシャだ。
「可愛い。」エミリはそのベールを受け取りながら「涼矢、これつけたかったんだ?」とくすくす笑った。
「うん。でも、いいよ。エミリが使って。」
「すごくつけづらいじゃないの。」
涼矢は笑った。「嘘だよ。つけたいわけないだろ。ただ、帰る時、返してくれる? それ、おふくろにあげたいから。」初めて聞く話にまたも驚く和樹と明生を尻目に、涼矢は淡々とエミリに説明しだした。「うちの親、ディズニー大好きなんだけど、忙しくてなかなか両親揃っては来られなくてね。結婚式も挙げてないし、今年ちょうど銀婚式だから写真だけでも結婚式挙げさせてやろうと思ってんの。ウェディングドレスは死んでも着ないような人だけど、これだったらつけてくれそうだからさ。」
エミリは涼矢の「親孝行」に感動しているようで、うんうんと頷きながら話を聞いているものの、和樹は面白くなさそうな表情だ。
「なんでそれを今言うんだよ。」と唇を尖らせて和樹が言った。
涼矢はあっけらかんと「きみたちの反応がおもしろかったから。」などと言い、和樹はますますムッとする。そんなタイミングで電車が舞浜駅に到着した。
「ああ、レンタカーでも借りればよかったかな。そしたら全員乗せて楽だったのに。」駅前から続く人波を見て、涼矢が呟いた。
「涼矢、免許取ったんだ?」とエミリが言う。
「うん。」
「まあ、そうよね。田舎じゃ要るよね。」
「うん。」
「でも、車で来ても混雑は変わらないんだから同じよ。駐車場からだって結構歩くし。」
「疲れたら寝て帰れる。」
「運転手は寝られないじゃない。」
「俺は別にいいよ。明生とか。エミリだってまた明日からトレーニングだろ?」
「うーん。」エミリは歯切れ悪く愛想笑いを浮かべた。エミリがそんな態度を取るのは珍しいことで、涼矢は何かあったのかと聞くべきか迷ったが、結局聞かなかった。エミリのことだから、本当に言いたいことなら自分から話すだろう、と思う。
入園するとすぐにエミリが仕切りだして、和樹と明生にはファストパスを取りに行けと言い、涼矢にはミッキーの耳を買ってつけろと指示を出す。
「本当につけなきゃだめ?」と和樹たちがいなくなった後で、涼矢がエミリに言う。
「なに言ってるのよ、あんたが妙なこと言い出すからでしょ。あたしだけこんなのつけてるの嫌よ。」エミリはベールつきのカチューシャを見せる。まだ頭には装着していない。「でも、お母さんにあげるつもりなら、このまま汚さずに持って帰ったほうが良くない? それならあんたたちも何もつけなくていいよ。」涼矢がホッとした表情を浮かべた瞬間に、エミリが付け足す。「明生はわざわざあんな大きいの持ってきてるのにかわいそうだけどね。」
明生は「魔法使いの弟子」の帽子を持ってくる、と言っていた。リュックと別に手にぶらさげた大きな袋にそれは入っているのだろう。それだけ明生が楽しみにしていたことがうかがえた。
「……分かったよ。」涼矢は渋々グッズを売っている店に向かう。それについていきながら、エミリは「和樹の分もよ。」と追い打ちをかけた。
和樹や明生と合流すると、涼矢は和樹にその「耳」を渡す。案外嫌がらずに和樹はそれをつけた。先に明生が大きな帽子をかぶっていたせいで抵抗が少なかったのかもしれない。まだ成長途上の明生は、帽子を被るとその先がちょうど和樹の鼻先といった身長差で、和樹はおもしろがってその帽子の先端を引っ張ったりして明生をからかう。
「どっちがこどもか分かんないね。」エミリは呆れた声で言った。
「そりゃ和樹がこどもだろ。」と涼矢が言う。
「そうね。」明生とはしゃぐ和樹を見ながら微笑む涼矢。その横顔をエミリが見上げていた。「あんたたちは、夫婦ってより、親子みたい。」
「俺と和樹なら、俺のほうがガキだよ。」呟くように涼矢が言う。
「嘘でしょ。」
「本当。」
「へえ、なんでそう思うの。その話、もっと聞きたいわ。」エミリはそう言うと和樹たちに声をかけ、とりあえず2人ずつに分かれて動こうと提案した。誰も異論を唱えず、4人でじゃんけんをチーム分けをする。結果、涼矢とエミリが組むことになった。
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