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第757話 夏の終わり (4)

 2人で最初のアトラクションはどれにしようと目星をつけながら歩く。 「最初にパーを出すくせ、変わらないのね。」とエミリが言った。 「え?」 「涼矢のジャンケンの時のくせ。最初はパー。」 「そうなんだ?」 「そうよ。」エミリはふふっと笑った。「変なことばっかり覚えてる。」  俺もそうだ、と涼矢は思う。和樹をずっと見てたから、他人にはどうでもいいようなことまで気付いたし、覚えた。たとえば、和樹が梅干し嫌いだってこともそうだ。エミリもまたそういう気持ちで自分を見ていてくれた時期があったのだと思うと、少し胸が痛む。 「それでパーを出した?」涼矢はエミリに問う。 「うん。」 「俺と組みたかったの?」  エミリは顔を赤らめて、涼矢の背中を叩いた。音は派手だったが、そう痛くはない。「そういうこと言わないでよ。単にさっきの話の続きが聞きたかっただけ。いつまでもあんたに未練あるとか思わないでよね。」 「そんなの分かってるよ。彼氏いるんだろ。」 「いる……よ。」 「なに、その反応。」 「和樹には言わないでよ。」エミリは涼矢をじろりと見るが、すぐに恥ずかしそうな表情に変わる。「実を言うと、まだおつきあいってところまでは行ってないの。」 「そうなんだ?」 「あたし、タイミング悪いんだなあ。」エミリは苦笑いをする。「先に彼から告白されてね、でもその時、あたし海外に修行に行くところだったから、ひとまず保留にさせてもらったのよ。帰ってきたらOKって言うつもりでいたんだけど、その間に彼は事故に遭って……。そんな状況だったから飛んでいくこともできなかった。日本に戻ってすぐ会いに行ったけど、今度は彼が……今は自分のことだけで精一杯だから、もう少し時間をくれって言われて。その後も何回かデートもしてるし、お互い好きだとは思うんだけどね。」 「そっか。」 「涼矢の時もそう。告白しなかったこと、すごく後悔したの。言ったところでダメはダメだったんだろうけど、あんな迷惑はかけないでさ、もっと普通にできたと思うんだよね。」 「迷惑なんてかけられてないよ。」 「そう? でもみんなの前で泣いたりしたし、ホント、恥ずかしい。それに、もっと早くに、涼矢が和樹のこと好きだって知ってたら、できることがあったかもしれないとも思った。あたしも、周りのみんなも、知らない間に傷つけるようなこと、いろいろしてたんだろうなあって、後から思ってさ。」 「それは……仕方ないよ。傷ついたりもしてない。」 「傷つかないのは、どうせ分かってもらえないって諦めてたからじゃなくて?」  エミリの直球の問いかけに、答えに窮する涼矢だ。 「涼矢、そういうとこあるから。」 「そういうとこ?」 「やる前から諦めちゃうとこ。」 「……臆病なんだよ。」 「まあでも、分かんなくはないよ。あたしだってそうだもん。だから涼矢に告白できなかった。で、それを後悔してた時に、交際申し込まれて、ホイホイ乗っかったらあんなストーカーで、また臆病に逆戻りした上に、すっかり恋愛恐怖症よ。けど、今の彼は……まだ彼氏じゃないけど、あの人は、そこからあたしを引っ張り上げてくれた人だから。アスリートとしても尊敬できる人だし、これからどうなるか分かんないけど、もう後悔はしたくないから、諦めないでいこうと思ってる。」  見せてもらった写真の2人の眩しい笑顔。おそらく相手の男も、エミリを好きなのだと思う。でなければあんな笑顔になるはずがない、と涼矢は思った。それと同時に、それでもエミリの好意にすぐに応じられない気持ちも分かる気がした。 「昨日まで……1時間前までできたことが突然できなくなるってどれほどの恐怖なんだろうって思うの。でも、彼は一度も泣き言を言ったことがないんだ。」エミリがぽつりと言う。「彼は交通事故でああなったんだけど、命があってよかった、足1本で済んで良かったって言いたくなるような事故だったみたい。でも、そうなった時はあたし、そばにいてあげられなかったし……なのに、あたしが彼に会えた時には、笑顔でおかえりって言ってくれて、もう車椅子競技への転向も決めてて……。そんな時に支えてあげることもできない彼女なんか要らなくない?って思っちゃうし、そもそも、支えなんか要らない人なんだよね。」 「すごい人だね。」 「うん。すごい。でも、だからあたしなんか、って思っちゃうところもあって。」 「そんなことないよ。きっと支えにはなってると思う。」 「え?」 「エミリが海外まで行って頑張ってたから、彼も頑張ろうって思えたのかも。エミリが帰ってきた時に、心配させないで済むようになっていようって思うから、いろいろ、頑張れたのかも。相手が困っててもすぐに飛んでいけないのは辛いけど、その分、相手を思う気持ちは強くなって、自分自身も強くなれるっていうか。そういうの、ない?」  エミリは真顔でしばし涼矢を見つめた後、にっこりと笑った。「そう思うのは、和樹のおかげ? あんたたちにもそういうことがあった?」 「……うん。そう。そうだと思う。」

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