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第758話 夏の終わり (5)

「わ、あっさり認めちゃったりして。」エミリは笑う。「そっかぁ。涼矢がそんな風に言うなんてね。バカズキもなかなかやりますなぁ。」 「やるんですよ。」 「今、涼矢は幸せなんだ?」 「ん。」 「それだったら、あたしも振られた甲斐があるってもんだ。」エミリは肘で涼矢を小突いた。 「エミリも、うまく行くといいね。」 「おう。祈っててちょうだい。」エミリはガッツポーズをしてみせた。  二人はアトラクションには行かず、ただの散歩のように歩きながらそんな話をした。涼矢は行列が比較的少ないものを見つければ誘ってみたが、エミリは暗いのは嫌だ、このキャラは嫌だと何かしらの理由をつけて断る。唯一行きたいと言い出したのはミニーの家で、それも一通り見たら出てくるだけのことだった。  再び歩き出したエミリが、途中の建物の壁を見て言う。「ねえ、これ、隠れミッキーかな。」  壁には確かにそれ風のシルエットが浮かび上がっている。「そうかも。」 「隠れミッキーは別に、見つけたら両想いになれるとか、ないよね?」 「は?」 「Pランドのおまじないみたいなの、ないよね?」 「さあ……。聞いたことないけど。」 「だったら良かった。」  涼矢はようやく察した。涼矢に失恋した直後だというのに、その涼矢と和樹のために、Pランドの「おまじない」を譲ったエミリ。そんなエミリが、涼矢と二人きりになって、はしゃげるはずがない。二人乗りのもの、薄暗い中を移動するもの。そういったアトラクションを断った結果が、「ミニーの家だけ」だったのだ。  エミリはスマホで和樹からのメッセージを確認する。「あっちも一段落ついたところみたい。合流して、メンバーチェンジしようってことになった。」 「どこ行けばいいのかな。」 「えっとね、トゥモローランドの」スマホを見ながら説明するエミリ。  涼矢はエミリの後について、和樹たちとの合流地点に向かった。無事に合流したところで、再び組み分けをした。今度は和樹と涼矢、エミリと明生という組み合わせだ。 「俺と涼矢で組んだら、つまんなくない?」と和樹は言ったが、エミリが明生と回りたいからちょうどいいと返事をしたので、そのままの組み合わせで行くことになった。 「エミリとはどれ乗ったの?」園内マップを広げながら和樹が言う。 「何も。ミニーの家見ただけ。」 「え、なんで? 乗りたいやつ、行列してた?」 「いや……。多分、気を使って。」 「エミリが?」 「うん。いくつか誘ったんだけどさ。1時間以上並ぶのは嫌だって言うし、それならと思って、あんまり並んでなかった白雪姫やピーターパンは?って言っても、嫌がって。結構わがままだなって思ったけど……なんかね、和樹に悪いって思ってるみたいだった。」 「俺? なんでだよ?」 「だから……エミリと俺と二人で横並びになって薄暗い中を巡るアトラクションとか……。そういうの、和樹が良い気持ちしないんじゃないかって。」 「そんなん、気にしないっつの、なあ?」和樹は笑いながら涼矢に同意を求めた。 「うん。」涼矢はミッキーの耳を外した。和樹もそれを見て慌てて外す。 「二人でこれつけてんのも、変だもんな。」和樹はそんなことを言いながら、外した耳の収納場所を探すが、身に着けたボディバッグには入らない。「なんだよ、結局つけてたほうが邪魔になんねえな。」再び装着した。 「似合うよ。」涼矢はくすくすと笑う。 「おまえもつけろよ。」 「やだ、ベールついてないし。」 「まだそんなこと言ってんのかよ。」和樹は、さっきの合流地点に現れた時の、ベールつきカチューシャをつけたエミリの姿を思い出した。そして、その隣にいた涼矢のことを。2人が連れ立って近づいてきたのを見て、明生は「みんなは、あの2人がカップルだって思いますよね。」などと言った。同じことを考えていたからドキッとしたけれど、明生に動揺を悟られたくなくて、表情には出さないようにこらえた。 ――考えてみりゃ、妙な話だけどな。それが俺と綾乃なら、涼矢がやきもきするのは分かる。いくら俺が「単なる元カノ」「今ではただの友達」と主張したところで、かつては「そういう仲」だったのは事実なんだから、気になって当然だ。でも、エミリと涼矢は結局は「かつての部活仲間」でしかない。エミリが片想いしてたからって、昔も今も涼矢がそれに心動かされることはないんだし、何の心配もない。……ない、けど。  エミリは167cmと女性にしては背が高い。180cm超えの涼矢の隣に立ってもバランスよく、傍から見たら似合いのカップルだろう。和樹には、ベールをつけたエミリが一瞬本物の花嫁のようにすら見えた。  そして、胸がざわついたのだった。  その感情が何なのか、はっきりしない。近いところでは「嫉妬」なのだけれど、エミリに嫉妬する必要などないはずだった。それなのに。  二人を見て自然に出てきた明生の言葉。明生だけじゃない、「似合いのカップル」、周囲にはそう映っているはずの二人。自分だって、綾乃とつきあっていた頃は、いやつきあう前から、彼女と二人で立っているだけでそんな風に羨ましがられたものだ。  でも、今、改めて思ってしまう。自分が涼矢の隣に立っていたって、誰も「お似合いのカップルだ」とは言わない。思いもしない。

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