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第760話 夏の終わり (7)

 二人でいたいんだったら、エミリも明生も誘わなければよかった。自分たちの都合で付き合わせているからには、彼らを楽しませることを優先すべきだ。頭ではそう思いつつ、少しでも涼矢と二人きりの時間を延ばしたいと思ってしまう。 「案外、ジロジロ見られたりしないもんだね。」と涼矢が言う。 「ん? ああ、手?」 「そう。」 「他人がイチャついてるのが気になるのは、自分もイチャつきたいのにできない奴だけだろ。」 「なるほど。」 「……って、さっき思った。俺が。」 「え?」 「ペアルックでイチャついてるカップル見て、くっそー羨ましいなーって。」 「はは。」涼矢は繋いでいた手を離し、バッグからミッキーの耳を出す。「じゃあ、俺らもペアルックにするか。」 「夢の国だからな。いいんじゃない。」  自分でそう言って、夢の国、という言葉にジワリと心が重くなる。――「夢」だから許されるのか。たかが手を繋いだり、お揃いのものを身に着けたりすることが? 「そう思って見るとそれっぽい人も結構いるしね。」と涼矢が言った。 「それっぽい?」 「男のカップル。」  和樹も周りを見てみる。そんな風に言われると、男二人で歩いている人たちがみんなカップルに見えたりもするが、まさか全員が全員「そう」であるわけがない。とはいえ、その中には確かに、単なる友達同士にしては距離が近過ぎると思える二人組もいないではない。 「女子は友達同士でもお揃い着たりするけど、男はあまりしないもんなあ。」  そんな和樹の言葉に、「明生くんに言わせると、最近は男同士でも結構いるんだってよ? お揃い。」と答える涼矢。 「そうなの? ただの友達同士でも?」 「そうなんだって。なんだよ、和樹のほうがそういうの詳しいのかと思った。」 「知らないよ、最近のディズニー事情なんて。あ、でも、本気で遊びたい時にはあえて男だけで行くって奴の話、聞いたことあるな。そいつら、彼女持ちなんだけど、彼女と一緒だと全部彼女優先で自分の乗りたいのとか食いたいのとか決定権ないから。」 「へえ。……和樹、次はどうしたい? 乗りたいものある? ポップコーンでも買う? 俺は和樹優先で行くよ?」 「今日は俺に決定権かよ。」 「そう。今日に限らずだけどね。」  エミリや明生を優先すべきだ。そんな思いは、涼矢のこんな言葉に簡単に負けてしまう。「早く帰って、二人になりたい。」つい、そんな言葉が口をつく。 「じゃあ、そうしよっか。」  和樹は思わず立ち止まる。「は? 何言ってんの。そんなことできるわけねえじゃん。」 「俺がハライタでも起こしたことにすりゃいい。俺らが先に帰ったって、エミリいるし、なんとかなるだろ。」涼矢はそう言うとスタスタと歩き始めた。  和樹は慌てて追いかける。「え……。ちょっと、マジで言ってるわけじゃないよな?」 「おまえのしたいようにする。」 「馬鹿、本気にするなよ。」 「二人になりたいんじゃないの?」 「なりたいけど、帰らねえよ。当たり前だろ。今日はこっちが誘って来てもらってんだぞ。ちゃんと最後まで四人でいるよ。」 「四人で遊びたい?」 「ああ。」 「了解。」  「今すぐ二人になりたい」を涼矢が本気にとっているとは思えなかったが、それへの反応は冗談めかした言い方でもなく、和樹は嬉しい半面、背筋が薄ら寒くなるような気分になった。もしここで自分が「よし、帰っちゃおう」と賛同したら、本当に明生たちを残して帰りそうだ。 ――俺が本気で言ったら、涼矢はその通りにするんだろうな。  小さい頃、悪さを「だってナントカくんがそう言ったから」と友達のせいにして言い訳すると、更にこっぴどく叱られたものだ。「じゃあ和樹は、ナントカが死ねと言ったら死ぬのか?」というあれだ。そんなことはできないに決まっている、だから、他人のせいにしてはいけない……というのがその手の説教の意図なのだろうが、涼矢相手にはその論法は通じなさそうだ。そんな服従・盲信と言い換えられるほどの涼矢から寄せられる信頼は、正直、重い。 ――重いけど、背負ってやる覚悟、決めちゃったからなあ。  和樹はミッキーの耳をつける。繋いでいた手は離したけれど、これで涼矢と「お揃い」になった。 「ポップコーン、食おうぜ。何味がいい? そこは涼矢優先にしてやる。」和樹は言った。 「塩。」 「王道だな。」 「あ、やっぱキャラメル。」 「ちっさいの、ひとつずつ買うか。」 「うん。……あ、いや、ひとつでいいや。すげえ並んでるし。」混雑日は、ポップコーンさえ行列だ。 「分かれて並ぶか?」 「やだよ。」  即座に答える涼矢に、和樹はつい笑ってしまう。  ポップコーンを買う行列に並び、ようやく買えた後はそれを食べながらだらだらと歩いていたら、それだけで1時間近くが経過していた。 「そろそろ合流すっか。」と和樹が言う。 「そうだね。」 「明生たち、今、どのへんにいるんだろ。」 「なあ、あれ、そうじゃない?」  涼矢が指し示した方向にはティーカップが回っている。不思議の国のアリスのアトラクションだ。その中でひときわ激しく回っているカップには、姉弟のような二人が乗っていた。

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