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第761話 夏の終わり (8)

「うわ、なんだよあれ。スピード違反もいいとこだ。」和樹は笑いをこらえながら言う。 「見てるだけで酔いそう。」 「あんな回せるの、エミリだろうな。」 「だろ。」 「鋼鉄の上半身だもんな、あいつ。」 「それ言ったら本人マジギレするぞ。」 「言わねえよ。」 「服着てるとそんな風には見えないけどねえ。」涼矢はちらりと和樹を見る。「和樹も着痩せするよね。」 「ワイシャツだったらそうかもだけど、Tシャツは誤魔化せないんだよな、ほら。」和樹は腕を誇示するようにする。「半袖んとことかパツパツになるの、やじゃない? ワンサイズでかくするとダボダボしてダサくなるし。」 「俺はパツパツのほうが……。」 「黙れ。おまえに聞いた俺が馬鹿だった。」  そんな会話をしているうちに、エミリと明生がカップから降りようとしているのが見えた。激しい回転のせいだろう、明生がフラフラになっている。エミリがそれを支えながら出てきて、それから近くのベンチに明生と座った。 「なーにやってんだ、あいつら。」和樹が苦笑いしながら声をかけようとするのを、涼矢が制した。 「なんか話し込んでる。」  聞き耳を立ててみる。周囲の音も大きいからよく聞こえない。少しずつ近づいていく。これまた大きい音のせいで、相当近くまで寄ってもエミリたちも気づかない様子だ。 「好きになる男……ワケありで……それだけのパワーが……るってことよね」途切れ途切れに聞こえるエミリの声。最後に、アハハハ、という笑い声が聞こえたところで涼矢が声をかけた。 「誰がワケありだって?」 「やだ、どこから聞いてた?」エミリが立ちあがる。 「今来たとこだから、好きになる男が、のあたりからだけど、何の話してたのかは想像つく。」涼矢が言った。  ゲイの涼矢に、ストーカーに、車椅子バスケの選手。エミリが語っていたのは、つまりはそういう恋愛遍歴だろう。和樹も同じことを考えていたようで、「エミリちゃん、世の中にワケなしの男なんていねえよ? いるとしても、そんなの、つまんねえ男だよ?」と言った。 「明生がいるじゃなーい。」エミリは無遠慮に明生をハグした。明生は目を白黒させている。 「こら、俺の生徒に手を出すな。」 「ぼ、僕もワケありだから。」明生は自力でエミリを引きはがす。「僕、先生のことが好きなんでっ。」 「なっ……あ、明生っ。」まさかこのタイミングで言い出すとは思っておらず、和樹のほうが焦る。  エミリは顔を歪ませ、「マジか。」と言った。それからハァ、とため息をつくと、「なんであたしが好きになる男はみんなバカズキに取られるのよ。」などと言った。かと思えば明生のほうを向き、威圧的な視線を送る。「それより明生、だったら涼矢はライバルじゃないの、なんでなついてんのよ。力づくで奪いなさいよ、男の子でしょっ。」 「いいんだよ、僕は、涼矢さんが好きな先生が好きなんだからっ。」案外と物怖じせずに言い返す明生に、和樹と涼矢のほうが面食らう。 「うわー、若いのに不毛な恋愛してんのね、あんた。」エミリは腕組をして明生を見下ろしている。 「エミリに言われたくねえだろ。」と和樹が言った。 「バカズキ、あんたってホントむかつくわ。この子どうするのよ、あんたのこと好きって言ってるけど。」 「知ってる。」 「知ってて、涼矢とバカップルぶり見せびらかしてんの? ひどーい。」 「見せびらかしてねえだろ。」  さっきまでの、薄暗いアトラクションでキスしたり、手を繋いだりしているのを明生に見せつけたなら、そう言われても仕方ない。だが、一応は「先生」と「生徒」の関係を崩すようなことはしていないつもりだ。  それでもエミリは、和樹をからかうのをやめない。「だだ漏れじゃないの。涼矢くんしゅきしゅき~ってのが、だーだーもーれー。」とわざと大袈裟な言い方をして、それを見た明生が笑いだした。すると、その明生に向かって、エミリが言った。「あんたもそう思うよね? 和樹のそういうの見るの、しんどくない?」  ようやく和樹は気付く。エミリは明るくて活発な性格だし、言葉もそう上品ではなかったりもするけれど、こんな風に悪乗りして誰かを「いじる」ようなことをするキャラクターではなかった。なのに今日に限って「和樹いじり」をするのは、明生が和樹のことを好きだと言ったからなのだ。 ――エミリの奴、明生が本気で俺を好きなら、こんな風に涼矢と二人で親しげにしているところを見たら辛いだろうって……そういうことか。 ――そんで、それはきっと、涼矢のことを好きだった時の、自分の気持ちに重ねていて。  和樹は涼矢を見る。表情は読み取れなかった。そして、明生を見る。当の明生はあっけらかんとしたもので、「だって先生は、涼矢さん好き好きなんだから、仕方ないよ。」などと言っている。照れくさいより、そんな風に言えてしまう明生の「大人っぽさ」に驚いてしまう。それとも逆に、幼く淡い思いに過ぎないから平気なだけなのか。 「明生、あんたってホントに良い子ね。」エミリは再び明生に抱きつこうとして明生に逃げられていた。

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