764 / 1020

第764話 夏の終わり (11)

「あんたも因果な男に惚れたもんね。」 「おまえが言うな。」  和樹とエミリは息の合った会話を続けているけれど、もう嫉妬心は芽生えなかった。  その時、明生が言った。「僕、やっぱりパレード見る。みんなで見よう。」  涼矢はそんな気を使わなくていいと言おうとしたが、それより先にエミリが言った。 「やだ、変な気使わないでよ。」 「使ってないよ。夏バージョンはまだ見たことないから、見たくなった。パレード見るなら僕のお勧めの場所あるんだけど。」 「え、どこどこ。」  明生とエミリが歩きだし、涼矢は和樹と顔を見合わせた。ま、いいか、というアイコンタクトを交わして、明生たちの後に続いた。  明生が誘導した場所に着くと、エミリと明生はおもむろにバッグを肩から下ろし、何かを出した。レジャーシートだ。和樹と涼矢はまたも顔を見合わせた。自分たちは持ってきていない。思いつきもしなかった。幸いエミリたちの持ってきたシートはどちらも大き目で、2枚並べて敷いたら、4人で座るのにちょうどいい。 「準備がいいな。俺らも座っていいの?」和樹は口ではお伺いを立てながらも、言ってるそばからもうシートにあぐらをかいて座っている。 「なーに、二人して持ってきてないの? 基本でしょ。初ディズニーじゃあるまいし。」エミリは笑いながら責める。和樹たちの高校の修学旅行はディズニーランドだったから、少なくとも一度は来ているはずだった。  そして、それしか経験のない和樹だった。「修学旅行だけだよ。今日でまだ2度目。」 「涼矢は?」 「小学生の時に何回か来たけど、シート敷いてパレードを見たことはないな。」 「ホテルから見てたとか言いそうだな。」と和樹が口を挟む。 「うん。」 「出たよ、お坊ちゃんめ。」エミリと明生が「お坊ちゃんなんだ?」とコソコソと話している。 「親の趣味につきあわされてただけ。友達とワイワイやってる人たちのほうが楽しそうだなあっていつも思ってたよ。」 「じゃあ修学旅行は楽しかったんじゃないの。」とエミリが言った。 「俺の班、柳瀬とか宮野とか、いつものあの顔ぶれだったからね。修学旅行委員の仕事もあって、一足早く宿に戻らなきゃならなかったし。」 「涼矢、委員だったんだ? 和樹は誰と一緒に回ったの?」 「え、あ、うーん……。」和樹は何故か口籠もる。 「ああ、綾乃か。」とエミリは言い、しかし、黒目をくるんと上に上げて、何かに気付く。「あれ? 違うよね。うちの学校、修学旅行は2年の秋だもんね、まだ綾乃とつきあう前よね?」 「綾乃じゃない。部長とか。」 「奏多? それから? 2人だけってことはないでしょ?」 「あと、何人か、クラスの奴とか。部活の奴とか。」  涼矢が口を開いた。「奏多と、シンスケと、カイトの班。ってことになってるけど、実際はヤマギシさんと回ってたよな?」  エミリが何故そんなことを知っているのかと尋ねると、涼矢は、修学旅行委員の仕事として、各グループが規則通りの時間に宿に戻っているかのチェックしていたからだ、と答えた。  興味のない人物は名前すら覚えない涼矢が、「ヤマギシさん」の名前をすんなり出した。和樹はそのことに怯え、更に、その先に続きそうな言葉にも怯えるしかなかった。涼矢は容赦なく続ける。「班は全員一緒に行動するのがルールだっただろ? ほとんどはきちんとルール守ってたんだけどね、中には事前に提出したメンバーと違う人と行動する人がいてですね。奏多たちの班は規定の時間内に戻ってきたけど、誰かさんだけいなかった。」  涼矢はその時の記憶がまざまざと蘇る。思い出し笑いならぬ「思い出し怒り」に似た感情が湧き、芋づる式に思い出した諸々のことを言わずにはいられなくなった。「現地で和樹だけ班から離脱したんだってね? 帰りは待ち合わせて一緒に戻るはずだったのに、約束の時間に来なくて、しばらく待ってたけど間に合わなくなりそうだから仕方なく置いてきたって奏多が言ってたよ。で、規定の時間を過ぎて、先生が待ち構えているところに、盛り上がって時間を忘れていた馬鹿なカップルが何組か駆け込んできた。そのうちの1組に、和樹とヤマギシさんがいたね?」  そんなことに限って流暢に話す涼矢に、和樹は何の言い訳もできなかった。かと言って謝るのも筋違いだと思って、ただ「ホテルの廊下に正座させられたなあ。」とだけ答えた。  だが、涼矢の「怒り」はまだ収まらない。「遠い目してんじゃねえよ。」と和樹を睨む。――あの時だって、修学旅行委員なんて面倒な役目押し付けられて。別に柳瀬と寺社仏閣なんぞ見て回りたくもないから構わなかったけど、あちらこちらでカップルがウキウキと自由行動に出かけるのを見せつけられては面白いはずがない。それも、修学旅行に浮かれてのニワカ仕立てのカップルも多くてイライラした。モテない奴の僻みだと笑いたきゃ笑えばいいが、そんな浮かれたカップルに、和樹が含まれていると知った時のショックは小さくはなかった。  しかも相手はあの。

ともだちにシェアしよう!