766 / 1020

第766話 夏の終わり (13)

「僕も知りたい。」と明生までもが身を乗り出してきた。「なんだっけ、そういうの。つきあうきっかけ? みたいなこと。」 「なれそめ?」とエミリが言った。 「そうそう、なれそめ。2人のなれそめ、聞きたい。」 「俺、席、外そうかな。なんか食いもん買ってくる。」和樹が立ち上がる。 「ちょ、ずるいぞ。」すかさず涼矢は和樹の腕をつかみ、引き留めた。 「涼矢さんが告白したんだよね?」  明生の言葉に場が静まり返り、涼矢はますます気まずそうだ。かと言って明生相手に本気で怒るわけにもいかず、語気弱く「明生、余計なこと言うなよ。」と言うのが精一杯だ。 「僕とエミリは、聞く権利があると思う。それぞれ、二人に振られたんだから。」 「そう言えばそうだわ。あたしたちには聞く権利がある。明生、良いこと言った。」今度はエミリが明生に乗じる。  中腰姿勢のままフリーズしていた和樹はハッと我に返ると、「涼矢のいいように説明していいから。」と言い、涼矢の手をかわして、どこかへと消えた。 「ちくしょ、逃げられた。」と涼矢が愚痴る。 「で?」とエミリが詰め寄った。「とりあえず、いつ恋に落ちたのか?から、聞かせてもらいましょうか。」さすが気の強い面々の揃った水泳部女子をまとめあげていたエミリだ。有無を言わせない迫力がある。 「入学……式。」涼矢は気圧されて暴露した。 「入学式? 会った初日?」 「うん。最初の席って名前順だから、隣で。」  エミリは途端に足をふにゃりと崩した。「やだ、じゃあやっぱりあたし、最初から負けてたのね。3年間も片想いしてて、あたしのほうが絶対先に好きになってたのに!!って思ってたけど、さすがに入学式ってことはなかったわ。あたしがあんたを意識しはじめたのって、夏合宿のあたりからだもん。そっか、入学式に一目惚れか……。和樹のイケメンが諸悪の根源ね。」 「別に悪なわけでは……。」  エミリは涼矢の言葉を遮り、また話し出した。「それで? 涼矢から告白したのね? それはいつ?」 「卒業式の、少し前。」 「はあ、本当にまるっと3年間。よくまあ隠しおおせたものね。全然わかんなかったわ。」エミリは呆れているのか感心しているのか、判別つかない表情だ。どちらの気持ちもあるのだろう。 「それなりに、努力してましたよ。」涼矢は苦笑した。 「隠す努力を?」エミリは不躾なほどに直球で聞いてきた。涼矢にとって、エミリのこういうところは、自分には真似できないゆえに尊敬もしたが、同時に、少々苦手な側面でもあった。裏表のなさという意味では和樹と通ずるけれど、和樹には多くの女性の持つような勘の鋭さがない……つまりは少しばかり鈍感なので、ある程度「適当に誤魔化す」といったことができるのだけれど、エミリにはそれが効かない。時に、踏み込んでほしくない領域にまで入り込んでくる。  そんなエミリを小手先の言葉で煙に巻くことなどできないから、正直に心の裡を話した。「だって、そりゃそうだろ? 普通とは違うんで。そうとバレても今まで通り友達、というわけにはいかないし。和樹だけじゃなくて、ほかの奴にしても、さ。実際はバレた後もみんなちゃんと接してくれてるけど、全員が全員快く受け入れてるんじゃないことぐらい分かってるし、今だって本当のことを言えない人もたくさんいるよ。」言いながら、奏多や英司の顔がよぎる。  エミリはさっきまでの勢いを失い、静かに言った。「そっか……。大変だったね。あたしが言うのもなんだけどさ。あたしの片想いよりずっと重かったね。」 「そんなのは比べられないだろ。」涼矢はそう言い、明生を見た。「明生が和樹のこと好きだっていうのも、中学生の恋愛感情なんて大したことないとは、俺は思ってない。」 ――だって、それを否定するのは、俺の過去を否定することだから。渉先生への想いを否定することだから。  エミリは頷いた。「そうだね、必死さという真剣さというか……そういうのはこどもだって同じよね。こどものほうがむしろ余計な計算しないで、純粋に好きになったりするかも。」 ――そう。その通りだ。幼稚で未熟な感情だったかもしれないけど、だからこそ、純粋でひたむきな思いだった。  涼矢は心の中ではエミリに共感しながらも、口では冗談めかして言った。「え、俺のことは、余計な計算込みだったの?」  エミリはそんなことを言われても余裕の態度で、鼻先でふふんと笑った。「友達に自慢できる彼氏がいいなぁぐらいのことは考えるじゃない? あと、キスが上手そう、とか?」  傍で聞いていた明生が「うぇっ」という何とも形容しがたい声を出した。エミリの口から「キス」などという言葉が出てきたせいか。涼矢もそれには気付いたが、変に反応すれば却って明生がいたたまれないだろうと思って、フォローめいたことはせず、淡々とエミリの言葉に答えた。 「それは……ガッカリさせて悪かったね。」 「あはは、うそうそ。そんなことで好きになったりしないわよ。」とエミリは笑い、明生のほうを向いた。「そ、あたしのファーストキスは彼に捧げたのよ。振られるのは仕方ないけど、キスぐらいしろって迫って、無理やり。」そう説明すると、最後には涼矢を向いて「ね?」と念押しした。

ともだちにシェアしよう!