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第767話 夏の終わり (14)
「無理やり迫られたとは思ってないけど……今思えば可愛らしかったね、エミリも。」小刻みに震えていたエミリの肩と唇の感触はまだ覚えている。
「何それ、今とは違って、って言いたいの? ひどいな!!」エミリは笑いながら涼矢の肩を叩いた。「あ、違うな。涼矢があたしのこと可愛いなんて言ったの、今が初めてだ。昔からあたしのことは、褒めるにしてもかっこいいとか尊敬するとかそんなことばっかりだったもんね。女扱いされてなかったんだよね。」
「女扱いはしてたよ、だから無理だったのであって。」
「あっ、そうか。女だから対象外だったんだもんね。って、あんたややこしいな!」
涼矢は苦笑いする。「ごめん。」
「あー、いや、それはあんたが悪いわけじゃないから、謝らないでよ。って、あの時も似たようなこと言ったね、あたし。」
それを言われたのはキスより前だ。強くてかっこいいエミリを尊敬している、でも、女性は恋愛対象じゃないのだと正直に伝えて謝った。その時もエミリは、涼矢のせいじゃないのだから謝るなと言ってくれた。振られた直後にそんな言葉を言えるエミリを、涼矢は改めて尊敬したものだ。
「うん。……女の人ってすごいなあって思ったよ。こんなちっちゃくて、華奢で、なのにどうしてこんなに強いのかなって思った。」
最後の思い出にキスだけ求められて、応じた。抱き締めたりはしなかった。唇の距離の目測を誤らないように、肩に軽く手を載せただけだ。その肩が予想外に細くて驚いた。和樹を抱いた時の確かさとはまるで違った。こんなに小さくて脆い人を傷つけたんだと思えば胸が痛んだ。
「あたし、ちっちゃくも華奢でもないじゃん。」エミリはあっけらかんと言った。「そりゃ、あんたたちみたいな180cmクラスから見たら身長は低いけど、女にしちゃ大きいでしょ。この発達した上半身と言い、逞しい腕と言い、女の子らしい服も全然似合わないし、友達からはメスゴリラって言われてるんだから。メスってついてるだけありがたいけど。」
「背が高いとか、筋肉質とか太ってるとかいうことじゃなくて……女の子って、やっぱり全然違うよ。和樹はあの頃、『女の子はちっちゃくて柔らかいから大事にしなくちゃいけない』って言ってたんだけど、こういうことかと思った。力を入れたら壊れちゃいそうだと思った。エミリも。」
女性には優しく。それ自体は理解していた。和樹に言われたというだけでなく、親からも学校の先生からもそう言われて育ってきた。体格の差だって見れば分かることだ。それでも、エミリとのキスで初めて、彼らの言っていることを実感したのだ。
「へえ。あたしなんて、壊しても壊れそうにないって言われるけどね。にしても、和樹ったらそんなこと言ってたの。さすがスケコマシね。」
「まあ、つまり俺は女の子じゃないから、大事にしなくても良いと言う話につながるんだけど。」なにしろ、それは和樹本人の口から言われたのだ。いきなり「俺のことを想像しながらオナニーするのか」と聞かれ、性器を触られ、挙句初めてフェラチオまでされた時のことだ。その強引さを責めたら、「女の子にはこんなことしない」と。
まさかエミリや明生を前にしてその時のことを説明するわけには行かないが、そんなことは想像もつかないであろう明生が「でも、大事にされてますよね。」と言い出した。
「うん、元カノより全然大事にしてると思う。」とエミリが何度も頷く。綾乃と比較されているのだろうが、綾乃がどう扱われていたかは知る由もないし、考えたくもない。それについてはノーコメントを貫くことにした
「とにかく、女の子はちっちゃくて柔らかいから大事にしなくちゃいけないんだってさ、明生。」涼矢はあえて明生に話を振って誤魔化した。
「僕よりでっかい女子、たくさんいるけど。」
「だからね、実際のサイズの問題じゃないの。エミリも、お母さんも、和樹にチョコくれた女の子でも、女性には優しくしろってこと。都倉先生の教えだから。」
「うーん。絶対僕よりみんな強いけど。でも、分かった。」
「ねえ、それで?」エミリが割って入る。
「それでって?」
「話が終わったと思わないでよ。まだ聞いてないんだから、告白の話とか。」エミリの追及の手はまだ弱ってはいなかった。
「しただろ。」
「なんて言ったの? いつ、どこで、どうやって?」
「なんでそんなこと。」
「聞く権利。」
睨むエミリと目を逸らす涼矢の間で、明生が言った。「普通に、好きですって言ったって。」
慌てたのは涼矢だ。「明生! ああもう、言わなきゃよかった。」
「好きですって言ったの? 涼矢が? どこで?」
「……俺の部屋。」
「部屋! いきなり部屋に連れ込んで!」エミリは中年女性のように派手なリアクションをした。
「連れ込むって言うな! ふ、普通に遊びに来ただけで。」
「和樹は普通に遊びに行ったつもりかもしれないけど、あんたは違ったわけでしょ? 最初から告るつもりで呼んだんでしょ?」
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