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第768話 夏の終わり (15)

「ちょっとは思ってたけど、ギリギリまで迷ってたよ、さすがに。」誤魔化したくとも、エミリの勢いに負けて取り繕う余裕はなかった。  あの日、あんな形で告白するつもりだったのか?と改めて聞かれると、正直よく分からない。前日までそんなことは思ってもいなかった。ただ、あの日は、和樹と同じ教室で共に過ごせる、実質的な最後の日だった。だから朝からずっと目で追って、その姿を焼き付けておこうと思った。でも、欲が出て、話しかけてしまった。とっさに出たのは新刊が出るたびに和樹のために買っていた漫画の話題。和樹は興味は示したものの、数日後には卒業という段になって漫画の貸し借りまでする気はないようだった。当然のことだと思ったが、3年間の集大成がそんな会話で終わるのかと思うと虚しくなって、その新刊を読ませるという名目で家に誘ってしまった。  和樹が少しでも煩わしそうな態度を示したら、引き下がろうと思ったのだ。でも、乗り気になってくれた。 ――和樹が家に来る。俺の部屋に来る。  一度ぐらい、そんな二人きりの時間が持てたなら、この長い片想いも穏やかに封印できそうな気がした。その放課後には、自転車で前後しながら自宅まで案内したはずだが、その記憶はすっぽりない。次に思い出せるのは、本棚を物色しようとして立ち上がる和樹の手首をつかんだ瞬間だ。  その瞬間まで。いや、その瞬間ですら、好きだと伝える意志はなかったのだ。気持ちが溢れた、そうとしか言いようがない。 「でも、言っちゃったんだ。」 「言っちゃったんだね。」 「和樹の反応は?」 「大変びっくりして、非常に困ってらっしゃいました。」その時の和樹の戸惑う表情には、少なからず傷ついたけれど、仕方がないと思った。激しい後悔と、やっと言えたという達成感とが、ないまぜだった。 「そりゃそうだろうね。」 「なので、変なこと言って悪かったと謝って、帰らせようとしたんですが、なんかいろいろ言いだして。……もう会うことないから、忘れてくれって言ったのに、それは嫌だと。これからも普通の友達でいようとか、言うんですよ、あの人は。」  そんな和樹の"優しさ"が辛いと思った。そういう和樹だから好きになったのだけれど、これはきっと「同性を好きになった俺への憐み」か、そうでなければ「友達から突然告白された恐怖」から来る優しさだと思ってしまって、辛かったのだ。そんな優しさなら、きっぱりと拒否されるほうがマシだと思った。それは自己防衛だったとは今は分かる。自分が傷つきたくなくて、「どうせダメなんだから上っ面で優しくするな」と和樹のせいにした。和樹の優しさがそんな表面的なものじゃないことは、誰よりも分かってたはずなのに。  あの日のことは、今となっては「良い思い出」なのだが、こうして事細かに思い出すと、当時の心境に引きずられてどうも深刻になってしまう。それを引き上げてくれるのは、途中途中でエミリが入れる「それで?」「なんて?」などという合いの手だった。果ては、「あらまあ、そんなこと言われても、無理よねぇ。振られた相手と友達なんて。あ、あたしか。」と自分で自分にツッコミを入れる。  それがエミリの気遣いであることは涼矢にも分かった。今はもう涼矢を恋愛対象としては見ていないにしろ、本来なら振られた相手のそんな話は聞きたくないはずだった。でも、二人の恋の始まりを本当に理解できるのは、同じように涼矢を慕いながら二人と苦楽を共にし、二人の性格も心情も知り尽くしているエミリぐらいしかいないのだ。  涼矢はエミリに感謝しつつ、今まで誰にも言えなかった「あの時」の気持ちを語った。 「でも、普通の友達ってのは、やっぱ俺は無理で。卒業したらもうお会いしません、さようならお元気で、と終わらせようとしたんですが。」エミリの茶化す口調につられて、涼矢もそんなわざとらしい口調になるが、そのほうが下手に「過去の自分」に引きずられないで済むと気づく。 「したんですが。」そのエミリがまた合の手を入れる。 「このままバイバイというのはお互いすっきりしないから、最後にデートのひとつもしようなんてことを言われて。後から聞いたら、彼のお兄さんの入れ知恵だったみたいなんだけど。デートして、気持ちに区切りをつけたらいいんじゃないか、という。」 「なるほどね。あたしのキスとおんなじね。」 「それで、デートしました。」 「うん。しました。でも、そこで区切らなかったってことよね?」 「そうですね。なんか……つきあおうみたいなことを言いだして。」 「和樹が?」 「そう。」 「何それ。あんたデートで何やったの。」 「別に、何も。映画観て、メシ食って、ああ、あとプラネタリウムに行ったんだったかな。それだけ。」 「なんという王道のデートコース。」 「和樹さんのことですから、それはもう手慣れてまして。俺はついてっただけで。」 「あ、そうね。それで、どの段階でつきあおうって?」

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