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第769話 夏の終わり (16)
涼矢は考え込む。どう答えるのが正解なんだろうか。正式に交際することになったのは卒業式の日だけれど、俺も好きだと和樹に言われたのは、その前の、このプラネタリウムデートの日だ。
「プラネタリウム見た後、まだ時間があったから、うちに寄ることになって。」
でも、あの時、和樹から言われた「好き」は。――一方的に俺にキスしてきて、俺を押し倒して、フェラしてきて、あろうことか更にその先に進もうとした和樹が、その強引さを正当化するために言った「好き」だ。
そんな経緯をエミリに、ましてや明生もいる場で言えるはずもない。
生々しくあの日のことを思い出しながらも、そのすべてを割愛して「……で、えーと……そこで言われた。」と歯切れ悪く言った。
「ちょっと待って。今の間 は何?」
「間?」
「うちに寄る、と、そこで言われた、の間の、マよ。」
「別に、他意はない。」
「他意はないと言う奴に限って、必ず他意はあるんだから。ほら、言いなさい。」
涼矢はエミリの鋭さに辟易する。もし万が一自分が異性愛者で、彼女とつきあうことになったとしても、ほんわかと心安らぐ関係というわけにはいかなかっただろう、と思う。――和樹とだって、決して「心安らぐ関係」ではないけれど。
白状しろと迫るエミリに、何か答えなければと焦る。だが、どう頑張っても婉曲に話すことは無理そうだ。そもそも、正確に思い出すこともままならない。何故ならあの日のことは、今まで極力思い出さないようにしていたからだ。
想いが通じた記念日には違いないのだけれど、あの時点の和樹が、本当の意味で自分を好きになってくれていたとは思えない。今に至る交際の発端があの時にあるのは間違いないのだが、どうしてもそう「仕向けた」のは自分だと思ってしまう。和樹の優しさにつけこんで、あるいは流されやすい性格を利用して、和樹の人生を変えてしまったという自責の念に駆られる。だから、あまり思い出したくないのだ。
でも、こうして、エミリに強要されたことではあるにせよ、他人に語ることでひとつずつ整理されていくと、あの時はあの時で頑張っていたのだと思う。自分も、和樹も、だ。もしかしたら、エミリもまた、自分の失恋の「意味」をこの会話から見つけようとしているのかもしれない。
涼矢は明生を見た。エミリがこんな話を聞きたがる理由が、自分の気持ちの整理でも、面白半分の興味からでもいいとして、明生はどうなのだろう、と思ったのだ。が、明生は照れるでもなく淋しそうでもなく、エミリと似たようなワクワクした顔で涼矢を見ていたので、気が抜けてしまう。――俺はこの二人を傷つけないようにと気を使ってるってのに、本人たちときたら。つい、そんな不満も湧き出たりもする。それで、最後は適当に切り上げた。
「だから、そこでつきあおうって言われて、じゃよろしくお願いしますって言って、そうなりました。以上。」
エミリは眉間に皺を寄せ、「はあ?」と不満の声を出す。「そんな簡単だったわけないでしょっ。あたしはもっとそこの、グチャグチャッとしたところを知りたいのよ。」
「昼ドラじゃないんだから。何を期待してんの。」
その時。
「場所あけて。」頭の上から声が響いた。「1人で運ぶの、超大変だった。」和樹がトレイにチキンやピザ、それにドリンク類を乗せて持ってきていた。
「1人で逃げたんだから仕方ない。」涼矢が言った。
「へへ。」バツが悪そうに和樹が笑う。
エミリはシートの上を片付けて、和樹の持ってきたフード類を4人の真ん中に置く。「でも、残念ながら、話は佳境のところでまだ終わってないの。和樹に聞こうかな。」
「なんだよ、何も言わねえぞ。」
「ねえ、告ったのは涼矢でも、つきあおうって言ったのは和樹なんでしょ? なんで気が変わったの? 一度は断ったんでしょ?」
「言わない言わない。」和樹は早速ピザに手を伸ばし、もぐもぐしながら言った。
「言いなさい。」
エミリが許す気配がないので、和樹はそっと涼矢に聞く。「どこまで話したの?」
「デートした日につきあおうと言われたってとこまで。」涼矢もコソコソと返事をした。
和樹は思案顔でうーんと唸り、顎を撫でた。当時のことを思い出そうとしているのではなく、言うべきか言わざるべきかを悩んでいた。考えた挙句に言う。「それで卒業式でようやくOKが出て。」
「あ、そこ違う。つきあおうって言われて即OKしたみたいに涼矢は言ってた。」即座にエミリが突っ込んだ。明生もその隣で頷いている。
「えー、そんな簡単じゃなかったよ。保留にされたんだよ。こいつから告ってきたくせに、頭冷やせなんて言われてさ。何日かお預けくらって、やっと卒業式の日にいいよって。」
涼矢は和樹の肩をつかんで気色ばんだ。「そんな言い方してねえだろ。」
「してたよ。」
「だって、本気だと思わないだろ。ノリだけで言ってるとしか思えなかった。」
「どういうノリだと、涼矢とつきあおうって気になるのよ。だって、和樹はそれまで、全然そういう目で見てなかったんでしょ?」
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