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第771話 夏の終わり (18)

 平然とそんなことを言い出す和樹に、涼矢が気色ばんだ。「……おまえ、そろそろ殴るぞ。」 「めんどくさくなってきちゃったんだよ。もういいじゃん。」  和樹がそんな風に開き直る一方で、涼矢は怒っていた。「ふざけんなよ、おまえが明生の前だから気を使えとか散々。」  涼矢の怒りはもっともだ。この話題になりかけた時にいちはやく自分だけ逃げたのは、人前で言うには恥ずかしいからだけれど、それ以上に、自分に好意を寄せている明生のために「恋バナ」など聞かせたくなかったのだ。しかし、どうやら当の明生はそんなことは気にせず、むしろ聞きたがっている様子で、それなら隠し立てする理由もないと思い直した。そもそも、女の子とつきあっていた時だって大抵のことはオープンにしていた。涼矢との仲だけは隠さなくちゃならないほうがおかしいと思う。でも現実問題、言えない場面のほうが多くて、言えない自分に嫌気がさしている。だから、言える時は――明生もエミリも受け入れてくれるなら――俺たちのことを知っておいてほしい。  納得いかない顔の涼矢をよそに、エミリはまだ食らいつく。「痴話ゲンカはどうでもいいんだけど、その時には済ませてたってどういうことよ? だってそれが、告白後の初デートだったわけでしょ? いつしたのよ。」 「告白された時に。」 「はあ? 告られたら即キス? あんたがそこまで見境ない奴だとは。」 「見境なくねえっつの。だってこいつがキスしろって言うから。」 「言ってねえよ、馬鹿。」涼矢にしては大声で非難する。 「それっぽいこと言っただろ。」 「好きってどういう意味だって聞いてきたから、そういう意味の好きだよって言っただけ。しろとは言ってない。」 「言ってるようなもんだ。」 「おまえ、最低。」涼矢は吐き捨てるように言い、そっぽを向いた。 「だから言ったじゃん、こんな馬鹿のどこがいいのって。それを好きだって言ったのは涼矢だよ?」エミリが言った。 「なんで俺がアウエーなんだよ。」涼矢はそっぽを向いたままブツブツと文句を言う。  見かねた明生がそんな涼矢に話しかけた。「僕は味方だよ。今のは、先生が悪いと思う。」 「だよね?」涼矢は少しだけ和らいだ表情で明生を見た。 「先生って、時々、言っていいことと悪いことの区別がつかないよね。悪気はないのは分かるんだけど、傷つくのはこっちなんだよね。」 「そうそう。マジでそう。明生だけだよ、ホントに理解してくれるの。」  涼矢と明生が慰めあっているところにエミリの声が冷ややかに響いた。「つまりあんたらみたいなのがこの馬鹿にひっかかるってことね。」  それに何も言い返せないままに、涼矢はため息をついた。  そんな頃合いで遠くから音楽が聴こえてきた。パレードが、近づいてきたのだ。  パレードを見た後は、二手には分かれずに4人で回った。ほとんどの時間は行列に並ぶことに費やされたが、明生とエミリが次々に話題を振っては盛り上がり、そんな待ち時間も苦痛ではなかった。 「涼矢の作る料理ってどんなの? そんなに上手なの?」何がきっかけだったのか、エミリが言い出した。「和樹はあんまり料理しなかったよね? あたしもひとのこと言えないけど。」 「めちゃくちゃ上手。うちのおふくろより美味い。」和樹がそうベタ褒めすると、涼矢は照れくさそうに笑った。 「エミリは料理しないの?」と明生が言った。 「学生寮だからね、朝晩は食事もついてるの。昼は学食。料理はめったにしないわねえ。でもそのうち、アスリートフードマイスターの資格は取りたいとは思ってる。今はちょっと時間的にも精神的にも余裕ないけど。」 「偉いねえ。」 「一生競技者じゃいられないからね。」  涼矢はアリスを思い浮かべた。将来を嘱望されていながら、怪我で途絶えた競技者人生。だが、その後の人生のほうがずっと長い。  やがて陽が落ちてきた。和樹が明生に帰宅時間を確認する。明生は先生と一緒だから何時でも平気だと主張するけれど、それを鵜呑みにするわけには行かない。単に知人のこどもの遊び相手をしているだけならそれでいいかもしれないが、「先生」と呼ばれる立場だからこそ、気を遣う。和樹はきちんと親に連絡して聞いてみろ、と明生に指示を出した。 「先生ぽいこと、してるじゃない?」少し離れたところからそれを見ていたエミリが、涼矢に言う。 「うん。意外に真面目にやってるよ。生徒には好かれてるし、他の先生はベテラン揃いで、いろいろ教わることも多いみたいで。」  エミリがふふっと笑う。「そう言う涼矢は、保護者みたいね。」 「あいつのほうがよっぽど大人だ。」涼矢は目を細めて和樹を見る。 「そうは見えないよ。」 「俺は何もしてない。エミリみたいに打ち込むものもなければ、和樹みたいに独り立ちもできてない。ただのすねかじり。」  エミリは涼矢を見上げて微笑む。何?と言いたげに涼矢がそれを見返す。

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