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第772話 夏の終わり (19)

「あたし、やっぱ男を見る目はあるよね。ストーカーはあっちから寄ってきたから別として、自分から好きになった人たちはみんな良い男だもん。」  涼矢も微笑む。「それはそれは、光栄です。」 「あんたも見る目ある。あいつも良い男だ、うん。」エミリはわざと腕組をして、偉そうな物言いをした。 「自慢の彼氏ですよ。」 「……和樹もそう思ってるよ、きっと。」  ふと言葉が途切れる。和樹が明生を諭している声が聞こえた。どうやら明生の親には早く帰れとダメ出しをされたらしい。 「親にダメだと言われてるのに、連れまわすわけには行かないからなあ。」和樹は明生のスマホを眺めながら言う。  その脇から顔を出して、エミリも画面を覗き込んだ。「お母さん」らしき人物が「先生にご迷惑だから6時には出なさい」と発言している。「でも、せっかくだし、ごはんぐらいみんなで食べたいよね。」エミリのそんな言葉に、明生は一条の光明を見出したように表情を明るくした。エミリは少し考えて、明生にディズニーランドにいたいのか、それともみんなといられれば別の場所でいいのかを尋ねた。 「みんなと一緒にいられればどこでもいい。」  予想通りの返事だと言わんばかりに、エミリはするすると話し始めた。既に考えてあった提案に違いなかった。「それならお母さんの言う通り、まずは6時にここを出て、地元に着いてからもう一度連絡してみたら? きちんと6時に出たよーってことで、お母さんの印象が上がったところで、先生からのひと押しがあれば、ごはんぐらいいいですよってなるんじゃない?」そこで和樹のほうを見る。「遅くなるようなら、おうちまで送ってあげたらいいじゃない。」 「なるほど、エミリさん、頼りになる。」  和樹は明生にエミリの指示通りにするように言い、明生もまた素直に頷いた。  が、母親に返事をすべくスマホに指を当てたところで、明生の手が止まる。そのまましばらく思案顔をしているから、返事の文面でも考えているのかと思って見ていた涼矢を、明生は見上げた。 「ねえ、ディズニーのために東京まで来たんでしょ。もっとゆっくりしたいよね? 僕は1人でも帰れるし、なんだったらエミリと先に帰るよ。」  涼矢は呆気にとられる。本来なら和樹と二人で過ごせたはずの時間の邪魔をしている。明生がそう考えているのが見て取れた。明生のそういった気遣いは、やけに成熟した大人っぽさのようにも、こどもならではの無邪気な優しさであるようにも思えた。この子は俺とは全然違う、と涼矢は感じる。――卑屈で孤独だったあの頃の俺とは。 「大丈夫だよ。ほら、俺、お金持ちだしさ、ディズニーなんて来ようと思えばすぐ来られるよ。ありがとな。」涼矢は明生の頭を撫でた。自分よりも30cm近くも小さい明生は、やはり小柄で、それについても悩んでいた頃の自分とも重なるが、全然違う人間なのだ、と思う。「俺も、みんなといるほうがいいよ。」  本心かと問われれば、答えに窮する。――和樹に会うために東京に来たのだ。エミリも明生も邪魔だ。明生の支えになりたいなどと思っていた自分が滑稽だ。あの頃の俺とは違って、明生はこんなに愛されて、許されて、素直で、優しい。  だからこそ、うわべの言葉だけでも「優しくて頼りがいのあるお兄さん」でいたかった。そうでもしていないと、自分の卑小さに嫌気がさして、自己嫌悪に押しつぶされそうだ。 「本当に?」と問いかける明生に、涼矢は「ああ。」と笑って頷く。  その途端に明生もニコニコと笑って、「じゃあ、あと1時間ぐらいしかないから、急いでなんか乗ろう。あと、お土産も!」と宣言した。  涼矢たちが最後に乗ったのは、イッツアスモールワールドだった。  小さな世界。男の子も女の子も、肌の色や目の色も違う子も、みんなが笑っている世界。  並んで座るエミリも明生もはしゃいでいる。反対側の端に座る和樹の表情は涼矢の席からは見えないが、きっと笑っているはずだ。涼矢は人形たちを眺めているふりをして、明生たちに顔を見られないようにした。うまく笑えている自信がなかった。  退園の直前に土産物店に寄る。まずはエミリがさっさと自分の目当てのものへと行ってしまい、明生もそれについていく。その後は人混みに紛れてしまって、二人の姿を見失った。だとしても店内にはいるのだろうからと、和樹も涼矢ものんびりと店内を物色した。 「なんか欲しいものあんの?」と涼矢が和樹に聞いた。 「別に。」 「お菓子とか?」 「いや、要らんわ。高いし。」 「値段の問題だけなら買ってやるけど。ま、こういうのって、この、入れ物代みたいなとこ、あるよな。」涼矢はキャラクター柄の缶を指さした。 「うん。こういう缶とか箱とか、部室にもいくつもあるよ。文房具入れてたり、ペン立てになってたり。」 「分かる。」  そこで和樹がふと立ち止まる。「そうだ、鍵。これにくっつけるの欲しいや。」和樹はポケットから家の鍵を出した。キーホルダーもチェーンも何もついてない。「チェーン切れちゃってさ。でも、可愛いやつしかねえかな。」 「どうだろ。探してみようか。」

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