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第773話 夏の終わり (20)

 二人でキーホルダーを求めて店内を回り、それらしきものが並ぶコーナーを見つけた。ちょうどそこにはエミリと明生の後ろ姿があった。 「何見てんの。」和樹が声をかける。と、同時に、明生が手にしているキーホルダーに目を止めた。あまりキャラクターを主張していない、シンプルなデザインだ。「あ、それいいな。俺、ちょうどキーホルダー欲しかったんだ。お金持ちの涼矢くん、これ買ってよ。」  涼矢は明生の前で「買ってあげる」などと和樹を甘やかす姿を見せたくなくて、仏頂面で「それぐらい自分で買え。」と言うが、それとなく値札をチェックする。 「あら、あたしは明生に買ってあげるつもりよ。」とエミリが言った。 「だめだよ、明生に買ってやるのは俺の役目なんだから。明生はどれがいいの?」と和樹が言う。 「自分のは俺に買わせて、明生のは買ってやるのかよ。」と涼矢。大人げないと自覚しながら、半分以上は本音の不満だった。 「じゃ、じゃあさ。」明生が言い出した。「みんなでこのキーホルダー、誰かの分を買おうよ。ええと、先生が僕の買って、僕は涼矢さんの買って、涼矢さんはエミリの買って、エミリは先生の買う。どう?」 「そういうのだったら、いいんじゃない?」と涼矢が答えた。それすらも拒むほど幼稚じゃない、と自分に言い聞かせて。 「でも自分で自分の買うのと同じよね? どのキャラでも値段一緒だし。」とエミリが言う。 「気分が違うよ、誰かのために買うってところがいいんだよ、な?」と和樹が言う。 「あ、なるほど、そういうことか。みんなあたしよりロマンチストね。」 「エミリと比べればね。」と和樹がからかうと、エミリはわざとらしく頬をふくらませ、「あんたなんか仲間に入れてあげない。3人でお揃いにしてやるから。」と言った。 「まあまあ。」と涼矢が割って入る。いつもなら仲裁を買って出るようなことはしない。ただ、勝手に明生やエミリに苛立つ自分が嫌で、慣れないことをした。  その甲斐があったのか、結局は全員でそれぞれのキーホルダーを買って交換した。  帰りの電車の中では、明生が園内で飲食したものの精算について気にしている様子を見せた。 「そんなのいいって。本当はパスポート代だって奢ってやるつもりだったんだから。」と和樹が言う。 「俺が、な?」と涼矢が言った。「俺につきあってもらっちゃったんだからな。」  明生が慌ててかぶりを振る。「いいんです、パスポート代はお母さんがくれたから。今年は家族旅行とかも連れてってないし、いいよって。お母さんがそんな風に言うの珍しいんだよ。先生、よっぽど気に入られてるね。」 「ついに教え子の母親まで。」とエミリが呟いた。 「人聞きの悪いこと言わないの。」と和樹が笑った。 「ねえ、涼矢、つきあわせたって言うなら、あたしもでしょ。あたしの分出してよ。」 「いやだね。誘ったのは和樹だし、俺の味方してくれなかったし。」涼矢はエミリが強引に「なれそめ」話を聞き出そうとしたことを根に持っているようだ。 「えー、涼矢ってそんな人だったっけ? もっとカッコいい奴だと思ってたのになあ。」とエミリが笑う。 「カッコ悪くてすみませんね。」 「エミリの分は、俺と涼矢で出すよ。」と和樹が言った。  涼矢はジロリと和樹を見た。「いや、そこは『俺が出すよ』じゃないの? なんで俺を混ぜる?」 「俺は貧乏なんだよ、おまえと違って。半分ぐらい出せよ。」  エミリは呆れ顔だ。「二人してガタガタみっともないわね、奢るんならもっとスマートにしなくちゃ。だいたいね、自分の分は自分で出しますよ、あんたたちに奢ってもらうほど落ちぶれてないの。あ、ピザとポップコーンはゴチになっておくけど。」 「じゃあ、その代わり、夕飯、食わせてやるよ。和樹ん家で。」唐突に涼矢が言いだした。「明生も来られると良いな?」 「涼矢さんが作ってくれるってこと?」 「うん。」 「行きたい、行きたい!!」明生は電車の中だということも忘れてはしゃいだ。こんなところはまだ幼い、と涼矢はホッとする。――そう、まだ、こどもだ。こども相手に、何を俺はいちいち。  勝手に招待するなよ、と苦笑いする和樹だったが、涼矢は平然を装った。 ――和樹の部屋に「他人」を入れるのを嫌がっているのは、俺のほうだ。和樹だって分かってるんだろう。だから、ストーカーに追われていたエミリや、盲腸の時の久家先生のように、緊急事態の時しか他人に踏み込ませていない。餃子パーティーでもすればいいと言ってホットプレートまで買ったけれど、誰かを招いてそんなことをした気配などない。 ――俺のことを思えばこそだと分かってる。その気持ちは嬉しい。でも、それでいいのかとも思う。せっかく東京で一人暮らしをしているのだ。たまには大学の友達を呼んで騒いだっていいじゃないかと思う。高校時代はいつも友達に囲まれていた和樹だ。和樹のお母さんだって、以前はしょっちゅう友達が遊びに来ていたと言っていた。親しげに肩に手を回す同級生や部活仲間に嫉妬もしたけど、俺は和樹のそういう人柄に惹かれたのだし、そういう和樹を見るのが好きだった。でも、今の和樹は「涼矢が嫌がるから」誰も呼ばない。嬉しいけど、心苦しい。

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