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第774話 夏の終わり (21)

 涼矢は、エミリと明生がひとつの突破口になればいいと思った。和樹の部屋に自分以外の誰かが来て、その誰かと和樹が楽しい時間を過ごすことを後ろめたく思わなくていいのだと、和樹に伝えたかった。あの部屋で、和樹が自分の知らない誰かと過ごす想像は不愉快だけれど、自分の不快感よりも、和樹が和樹らしく日々を過ごせるほうが大事だ。  和樹たちは無事に明生の最寄駅にたどり着いた。エミリの計画に沿って、そこから電話で明生の親のご機嫌を取り、夕食を共にする承諾を得る。  今度は和樹の最寄駅に改めて向かう。そこから2駅先だからすぐだ。改札を出ると、和樹は涼矢に「みんなと材料、買ってこいよ。俺、先に帰って片付けるから。」と耳打ちした。 「片付いてるだろ? 俺があんだけ掃除してやったんだから。」  和樹は一瞬口籠る。「……片付いてねえもんがあるだろ。」 「あ。」他人をシャットアウトしていた部屋は、涼矢が来ている間はあえて「出しっぱなし」にしてあるものがある。普段はベッド下に隠してあるような、コンドームやローションといったものだ。和樹がさっき「勝手に招待するな」と咎めたのはそのこともあったのかと、涼矢は今更気が付いた。  そんなタイミングで、エミリが「ふーん。やらしい話?」と割って入ってきたので、二人はひどくびっくりした。  明生が訝しげな顔で和樹を見た。エミリの言う「やらしい話」の意味が分からないようだ。和樹の「片付いていない」という言葉も聞こえていたらしく、「掃除の話だよね?」などと首をかしげている。 「そ、そうそう、掃除の話。」和樹は笑顔は引きつらせたまま言う。 「ふーん。」エミリは意味ありげににやりとすると、「分かった。じゃ、買い物につきあいましょ。涼矢、何作ってくれるの?」と言いながら、それとなく涼矢を促して歩き出した。明生はそれに着いて行っていいのか迷っているようだったので、和樹が手ぶりで「そっちに着いていけ」と示した。明生がそれに応じて涼矢たちを追いかけるのを見届けると、和樹は足早に自宅へと向かった。  涼矢たち三人はスーパーマーケットに寄った。ショッピングカートを押す涼矢に、明生が「先生ん家って、ここから近いの?」と聞いた。 「歩いて、七、八分かな。」涼矢は野菜を物色しながら返事をした。 「何回ぐらい行ったことある?」 「えーと。」涼矢は少し上を向いて、思い出す素振りをした。「一年目は夏休みと、秋にちょこっと、今年は例のゴールデンウィークと今回、だから四回か。」 「今回はいつ帰っちゃうの。」 「うーん。九月に入ったらすぐ、かな。」 「九月? 夏休み終わっちゃってない?」 「大学は夏休み長いんだよ。九月の半ばまで休み。」 「だったら、それまでいればいいのに。」 「そうしたいけど、勉強会とかもあって。」 「そっか、大変だね。」 「まあ、仕方ないよね。自分が選んだことだから。」  そんなことを話していると、エミリが「二人の会話、おもしろいね。」と言った。 「え、どこが?」明生が言う。 「対等……ではないけど、年の近い兄弟みたいな? 同じ匂いがする。」 「なんたって、同じ馬鹿にひっかかる同類だからね。」涼矢はニコリともせずに言う。まだ根に持っているわけではないけれど、簡単に機嫌を直すのも癪だった。 「明生は、和樹のどこがいいの?」とエミリが言い出す。  唐突な質問に、だが、明生はすらすらと答えた。「優しいし。面白いし。カッコいいし。あと、勉強教えるのもうまいよ。先生のおかげで、国語の成績、すごく上がった。」  最初に会った時にはもじもじしていて、引っ込み思案だと思っていた。和樹からも大人しい子だと聞いていた。だからこそ、エミリの言う通りに「同類」だと思い込んでいた。けれど、こうして親しくなればなるほど、全然違うタイプだと思い知らされる。特に今日の明生は饒舌で強気だ。今までは二対一だったところにエミリが加わったせいだろうか、と涼矢は思った。 「へえ、最後の理由は意外。涼矢は? あんたは今でも、あの顔が好きなわけ?」 「それだけじゃないけど、顔は好きだよ、今でも。」 「あらあら、堂々とノロケちゃって。でもまあ、和樹、前より良い顔になったね。精悍になったと言うか。明生みたいな子に先生なんて呼ばれてると、中身もそれなりに成長するのかね。」 「俺のおかげとは思わないの?」涼矢は半ば本気、半ば冗談でそう聞き返した。 「あんたの前じゃ、デレデレしっぱなしのしまりのない顔しかしないじゃん、あいつ。」 「そうかな?」涼矢は思わず聞き返した。そんな風に思ったことはない。正直、精悍になったとも思わないが、ベッドの中を除けば、デレデレした顔を見せてもらった覚えもない。 「そうよ。」 「言っておくよ。」 「なんて?」 「デレるのは俺と二人きりの時だけにしろって。」冗談めかして言ってはいるが、それは願望込みの、本心でもあった。 「まーたそういうこと言ってると、和樹に怒られるよ、明生の前なのに!って。」エミリは笑いながら言った。

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