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第784話 New Season (1)
ふざけた口調の和樹に対して、涼矢は生真面目に返事をする。「まあ、それは……なんとかする。」
「な?」和樹はエミリに笑いかけた。「俺らのことは心配すんな。」
エミリは眉を八の字にして、やれやれといった様子で笑った。「はいはい、じゃあ言うこと聞きますよ。監視付きで帰れってことね。」
「そういうこと。」
「……で、あんたたちの貴重なデートを犠牲にした分、ちゃんと頑張って何かつかんで来いって?」
「そ。」
「やんなるわね、ほんとに。」エミリは髪をかき上げる。「あたしまで和樹の生徒にでもなった気分。和樹、向いてるんじゃない? 先生とかコーチとか、そういうの。」
「金メダル獲ったら、インタビューでは俺への感謝の言葉を言えよ?」
「やなこった。」エミリは笑いながら言った。それから時計を見る。もうすぐ11時といったところだ。「出るのは夕方でもいいよね? あたし、帰るなら帰るで、カノンとかにもお土産買ったりしたいし、コーチの都合も確認してみないとだし……涼矢も準備があるでしょ? 夕方に東京駅で待ち合わせにしよ?」
「あ……うん。」涼矢が曖昧に返事をした。
「じゃあ、一旦解散。」エミリは立ち上がる。
「え、もう?」
「うん。善は急げ。」
「それを言うなら、思い立ったが吉日、じゃないか?」和樹が言う。
「さーすが、先生。」そんな軽口を叩きながら、既に玄関で靴を履いているエミリだった。「あ、ここからの見送りなんか結構だからね。こどものおつかいじゃないんだから。じゃ、涼矢、また後で連絡する。」
そうして、エミリは颯爽と出ていった。
「俺たち二人の時間を作ってあげました、ってか。」和樹が言った。
「ということだろうね、やっぱり。」
「……ごめんな。」
「俺を追い出すこと?」
「そんな言い方。」
涼矢は、ふ、と小さく笑う。「分かってるよ。」
「ま、エミリのことだけでもないんだけど。」
「そうなの?」
「明生が。……明生のこと、おまえ、ちょっと嫌いになりかけてない?」
「はい?」涼矢はギクッとした。ディズニーランドで見せた、和樹への馴れ馴れしい態度。嫌いとまでは言わないが、心はザワついた。そして、中学生相手にそんな思いになる自分のほうこそ嫌いになりそうだった。
「九月に入ったら、中学も塾もすぐ始まる。俺は31日からシフト入れられてる。サボりまくりのサークルもそろそろ出なきゃマズイ。おまえが大学始まるまでいてくれたとしても、あまり相手できないかもしれないし、塾のことやってたら、つい明生の話にもなるだろうし。」
「別に嫌っちゃいないよ。年下の面倒見るのに慣れてないだけ。」
「そう? ならいいけど。」まるっきり信じたわけでもないのだろうが、それ以上追及もしない。「あ、でも、俺はちょっとエミリに妬いてるよ?」
「だったらなんで一緒に帰れとか言うんだよ。」
「それはホントに心配だったから。ああいう、いっつもピーンと意地張ってる奴、一度崩れると危ないだろ?」
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