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第785話 New Season (2)
涼矢は無言でベッドに行き、ドサッと座る。そしてそのままだらりと横になった。
「何、その態度?」和樹はそんな涼矢を見下ろした。
「おまえは、ひとの心配ばっかして。」
「……。」和樹は涼矢の隣に腰掛けた。「それは妬いてるのかな?」
「え?」
「俺のことだけ心配してろって聞こえた。」
涼矢は和樹を見る。「……言わないよ、そんなこと。」
和樹は体をねじって、横たわる涼矢を見た。「言わないよねえ。言えば可愛いのに。」それから体勢を変え、涼矢に覆いかぶさる。「でも、言わないだけで、思ってるよな?」
「思ってない。」
「可愛くねえなあ。」和樹は苦笑する。
「可愛くなくて結構。」
和樹は涼矢の髪を撫で、露わになった額にキスをする。「まあ、そういうの含め、可愛いけど。」
「どっちだよ。つか、可愛くねえよ。」
涼矢の視界には、和樹の肩越しに天井が見えた。こんな風に肩越しに、何かを見た気がする。だが、結局思い出せずじまいだった。
「涼。」
「うん?」
「せっかくだから、最後に一発ヤッとくか?」
涼矢は笑いだす。「またそういう……。」
「嫌?」
「嫌じゃない。」涼矢は手を伸ばして、和樹を胸に抱き寄せた。「ずっと我慢してた。」
「我慢できなかったくせに。」
「へ?」
「覚えてねえの?」
「何を?」
「キス。」
「ああ、ピーターパンだっけ。」
「じゃなくて、ここで。」
「ここで? え? エミリいたのに?」
「明生もまだいた。」
「うっそ。」涼矢は目を見開いて驚く。
「見てないけど。トイレ行ってたから。」
「うわ。」
「どこまで覚えてんだよ。」
「すげえ怠くなって、おまえに寄りかかってたのは覚えてる。で、気が付いたら寝かされてて、ヤバイと思って。あ、寝る前にキスしたのは覚えてる。けど、それじゃないんだな?」
「それじゃない。」
「うわあ。」涼矢は無意味に鼻や頬をこすって、焦った。
「おまえ、俺いない場で酒飲むなよ?」
「もっと強いと思ってた。」
「ビール1缶であれじゃあな。」
「悪い。……いや、悪いとは思ってたけど、そこまでしてたとは思ってなかった。」
和樹はクックッと笑った。
「なんだよ。」真剣に謝っているのに笑われて、涼矢は不服そうだ。
「明生には悪いけど、俺はちょっと面白かったよ。あんなヘナヘナで甘えてくることなんて初めてだったし、今も、そんなに焦るの、初めて見る。まだまだ俺の知らない涼矢くんがいるなぁ。」
「もう、絶対酒は飲まねえ。」
「いやいや、俺の前では飲んでよ。二人きりの時には。」
「やだ。」
「こう、ほっぺた赤くなっちゃってさ、目はウルウルしてるし、かずきぃ、なんて呼ぶし。」かずきぃ、のところは大げさに甘えた声色で言う。
涼矢は両手で和樹の口を押さえた。「うるさい、黙れ。馬鹿。」
和樹はしばらくもがもがと何か言い、涼矢が手を離すと「じゃあ、俺の二十歳の誕生日はジュースで乾杯なの?」と言った。
「……。」
「二人で飲めるかなーって楽しみにしてたんだけど。ほら、佐江子さん、晩酌するだろ? ワイングラス片手にさ、ああいうの、格好いいなぁって思ってた。」
「……じゃ、家で練習しておく。そんで、もう二度と醜態は晒さない。」
「えー、醜態がいいのに。」
「おまえが初めて飲む酒でぶっ倒れたら、俺が面倒見なきゃならないだろ。」
「ハハ。」和樹は涼矢にキスをする。「いいよ、その時はその時で、二人でヘラヘラしようぜ。」
「だったら家飲み限定だな。」
「うん、それがいいよ。そのほうがいい。」和樹は涼矢の首筋にキスをする。「そしたら、その気になったらすぐヤレるし。」
「結局それかよ。」
和樹は黙ってにっこりと笑った。
夕方、エミリと涼矢は新幹線に乗っていた。誰かと隣り合って乗るのは哲以来だ。そして、哲の時と同様、乗ってしばらくは一言二言話したものの、それ以降はお互い窓の外をぼんやりと眺めたり、スマホを弄ったりして過ごしていた。
涼矢が音楽を聴いていると、メッセージが届いたという通知が来た。明生からだった。朝の謝罪を受けての返信だ。
[ 全然気にしてないです! 昨日は楽しかったです! ]
その文面にホッとした。
[ 先生がうちまで送ってくれて、うちの猫と少し遊んでくれました ]
続いて送られてきたのは猫の写真だ。
[ 明生くんちの猫? 可愛いね 名前なんていうの ]
[ 茶々 ][茶々はあまり人になつかないんだけど、先生にはすぐなついた ]
[ 和樹は動物好きだから扱いに慣れてるのかも ]
[ 茶々はすごく用心深くて ][ 僕に慣れるまでも時間かかったんです ][ だから、やっぱり、先生はエミリの言ってたスケコマシなんだと思った!(笑) ][ 茶々はおばあちゃん猫なので! ]
涼矢はついフッ、と声に出して笑った。エミリがそれに気づいて訝し気な視線を送ってきたので、涼矢は画面を見せた。
「見ていいの?」
「明生から。」
画面を覗き込んだエミリも笑う。「おばあちゃんでも女は女だからね。」
「あいつ、すげえな。」涼矢は画面を見ながら改めて笑う。
「ほんとにねえ。」エミリも笑う。
「だよな。」
エミリのほうを向いた涼矢に、エミリはううん、と言うように首を横に振る。
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