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第786話 New Season (3)
「和樹のスケコマシ問題じゃなくて、あんたのことよ。昨日も言ったけど、ほんとに、和樹のことになるとデレデレしちゃって。」
昨日までは、みんな面白がって大げさにそう言ってるだけで、そうひどいものではないだろう……と思っていた。だが、酔っていた時の様子を聞くに、さすがにもう否定できなくなっていた。
「みっともない、かな。」
「え?
「デレデレしてる俺。」
「や、別に。いいんじゃない? 本人も見てるほうもハッピーで。」
「みっともない域に達してたら教えて。」
「なんだ、それ。」エミリは笑った。「まあ、新たな一面発見、って感じはするよね。昔から知ってる身とすれば。」
和樹も似たようなことを言っていた。「それって、予想を裏切られてショック、ってことにはならないの? そんな人だとは思わなかった、的な。」
「んー。それはない。和樹みたいなのが実は陰では悪口ばかり言ってたとかだったらガッカリだけど、怖いと思ってた人に案外可愛い一面があったら好感度は上がるじゃない? 少女漫画でもあるでしょ、捨て猫拾う不良を目撃してキュンキュンってやつ。」
「その例はよく分かんないけど、まあ、話は分かる。」
「それより、明生に返事してあげなよ。」
「あ、そっか。」涼矢はしばし文面を考える。
[ 和樹は女性に優しいからね ][ 特に美人には ]
[ あっ 茶々のこと美人だって言ってました(笑) ]
[ やっぱり(笑) ]
「あいつ、動物本当に好きで、動物園行った時も、すごくはしゃいでた。」一緒に画面を見ていたエミリに言う。
「二人で行ったの?」
「うん。上野動物園。」
エミリは吹き出した。「涼矢と和樹が二人で動物園デートか。見てみたかった。」
「去年の夏。夕立にあたっちゃって、慌ててビニ傘買って。でも、その分、空いてたかな。」
「相合傘して。」
「それはしてない。」
「なんでよう、しなさいよう。」
「ビニ傘って小さいだろ。一人で使ったってはみでそうなのに。」
「だからぎゅっとくっつけるんでしょ。」
「別に相合傘でしなくてもいい。」
「あーはいはい、そうですか。」
「そういうの、したいの? やっぱり、彼氏と。」
「まあ、そうねえ。車椅子で行動範囲が制限されるってのもあるから、余計に憧れるし。」
「ああ、そっか。……そうだ、その上野の前に、渋谷の美術館に行ったんだ。その時、車椅子のおばあさんと、それ押してるおじいさんがいて、多分夫婦だと思うんだけど、なんか、すごい、良い雰囲気で。」
「素敵だよね。年取ってもそんな風に仲良くできたら。」
「その時は俺が勝手に僻んで、和樹を怒らせたんだけど。」
「僻むの? 涼矢が?」
「そう。――和樹さ、そんなに美術とか興味ないから、絵より、そういうところに目が行ってて……和樹もきっと、今のエミリみたいなこと、考えてて。でも、俺らはね。そういう将来が当たり前の延長線上にはないよなって、そういうことを。」
「和樹に言ったの?」
「うん。」
「そりゃ怒るよ。」
「怒るって言うか……泣かせそうになった。」
「ああ、和樹ならそっちか。分かるな。悔しかったんだろうね。」
「悔しい?」
「涼矢に信じてもらえないってことがよ。和樹はきっと、二人でずーっと仲良く過ごして、そのおじいちゃんおばあちゃんみたくなるって、本気で思ってんのよ。それで、あんたもそう思ってるって、和樹のほうは思ってたのよ。なのに、そうじゃなかった。それを自分の力不足だと思ったんだ、きっと。」
「……そんなんじゃないのに。」
「だろうね。でもそれ、去年の話でしょ?」
「うん。」
「今は大丈夫なんじゃない?」
「そう、かな。そう見える?」
「見えるよ。」エミリはクスッと笑う。「そういうところ、前と変わったよね。高校の時の涼矢は壁作ってて、本音も愚痴も言わないし、弱みも動揺も見せなかった。ま、あたしはそういうのが強さだと思ってたし、だからいいなあって思ったんだけど。」
「例の彼もそういう人なんだろ?」
「うん。そうね。好みって変わらないものね。」
「今の俺は好みではないんだ?」
「だからそう言ってるじゃない。――けど、今のほうがいいよ。ずっといい。和樹もね。」
「そっか。」
「ちゃんと和樹のこと、信じてあげなよ。和樹は、涼矢のこと、涼矢が思ってるよりずっと、好きだと思う。」
「……うん。」
気が付けば電車は、哲が倉田と別れ、涼矢の肩を借りて静かに泣いた地点に近づいていた。
明生とはその後も少しやりとりをして、今はエミリと一緒に地元に帰るところだということも説明した。明生は「エミリ頑張れ」というメッセージと共に、画像を何枚か送ってきた。昨日のディズニーランドで撮ったものだ。思えば写真を撮っていたのは明生とエミリばかりで、自分は一枚も撮っていないし、おそらく和樹も何枚も撮っていないはずだ。明生が撮った写真には、明生本人は映っていない。送られてきた中では、エミリと二人で自撮りしたらしいものが一枚あったきりだ。四人全員の写真は結局撮っていない。
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