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第787話 New Season (4)
そのことに気付いたのはエミリの言葉によってだった。
「明生の写真、もっと撮ってあげれば良かったなあ。」と言いながら、エミリは自分のスマホの写真をスクロールしている。「あたしとのツーショットは何枚かあるけど、それだけ。あんたたちと一緒のがないや。あの子、一人で自撮りもしてないだろうし。」
「悪い、俺も気にしてなかった。」
送られてきた写真の中には、ベールのエミリとミッキーの涼矢が二人並んでいる姿もある。
「これは和樹に見せられないねえ。」とエミリが笑う。
「エミリ、和樹ともツーショット、撮っただろ?」
「え、そんな写真あった?」
「昨日じゃなくて、前に。」
エミリはとっさに思い出せないようだったが、しばらくして、あ、と言った。「あれね、ストーカー騒ぎの後の。彼女の振りして撮ったやつ。」
「うん。」
「やだ、気にしてるの?」
「してないよ。」
「あれは、和樹が。」
「知ってる。彼女の写真見せろって誰かに言われた時に見せる用。」
「そう。」
「じゃあ、俺もこれ、そういう時用に使うかな。」涼矢はさっきのツーショット写真に目を落とす。
「あんたは必要ないんじゃないの? オープンなんでしょ?」
「大学の中だけだよ。今後、何があるか分からないし。」
「……そう。」エミリは大変ねと言いそうになるが、言わずにいた。その代わりに「あたし、涼矢と和樹、二股かけてる女みたいね。」と言って笑った。
「写真上はね。」涼矢も笑う。
「あっ、そうだ。」エミリは突然言い、バッグをガサゴソと物色しはじめた。「これ返してなかった。」出てきたのはミニーのカチューシャだ。
「ああ、そうだ。サンキュ。」
「大事なものでしょ。銀婚式。」
「まだ何もプラン立ててないけど。」
「記念写真撮るだけでも喜ぶと思うよ。涼矢のパパとママ。」
「どうだろうな。」
「あんまり仲良くない?」
「仲は良い。でも、記念日とか気にしない。」
「ああ、なるほど。それでも一人息子がお祝いしてくれたら、なんだって嬉しいよ、きっと。」
「だといいけどね。」
もうすぐ、降車駅だった。
涼矢を帰してしまった後の部屋の淋しさは、何度経験しても拭えない。和樹は洗面所の歯ブラシや、冷蔵庫の中の総菜を見るにつけ、涼矢を思い出した。
特に今回は、あと数日は一緒にいられたはずのところを、自分の独断で帰らせてしまった。どうしてそれを勧めてしまったのか、自分でもよく分からない。表面的な理由は涼矢に伝えた通りだ。いつも気を張っているエミリが落ち込んでいる。なんとか助けてやりたいと思った。一人にさせたくないと思った。
でも、それだけではない。涼矢をここにいさせてはいけない気がした。正確に言えば、明生の近くに。
昨日の涼矢は、明生を可愛がっているようでいて、時折ひどく冷めた目で見ている瞬間があった。気のせいならいいが、もし明生も同様に感じることがあるとしたら、あまり良いこととは思えない。せっかく懐いている明生を傷つけるのはもちろん、涼矢はおそらく自覚なくそうしているのだから、そうと知れば、涼矢自身も傷つくのだろう。
とりあえず二人を引き離すしか思い浮かばなかった。杞憂に終わるならそれに越したことはない。
はなから一日限りのつもりだった。明生と遊んでやって、それで終わりにしてほしかった。より親しくなるためではない。明生の想いが本当に恋心だとするなら、それを諦めてもらうための一日。区切りのための一日。
涼矢もそれは理解してくれているはずだった。しかも相手はこどもなんだし、一日ぐらいならなんてことないだろうと、高をくくっていたのがまずかっただろうか。その浅はかな判断が、涼矢に無理させてしまっていたのだろうか。
――結局エミリにかこつけて帰らせてしまったけれど、もしあのままここにいたら、何か良くないことが起きる気がしたんだ。
――俺がつい明生の話をして。涼矢がそれにムッとして。俺はそれを中学生相手にヤキモチかよとからかって。涼矢は怒るに怒れなくなって。そんな風に、だんだんギクシャクして。何もないのに、ただ、わだかまりだけが大きくなって。
和樹はその先の想像はしないことにした。したところで意味がないと思った。
――もういいや。終わったんだ。明生もあれだけ遊んでやりゃ少しは満足もしただろうし、おとなしくただの先生と生徒として接していれば、フワフワした憧れなんか、そのうち消え去るだろう。
そう思い描いた通り、新学期になり塾の平常授業が始まると、和樹は早坂に注意された時以上に素っ気なく明生に接した。と言っても、最低限の対応はしていたし、明生にだけそういう態度でいたわけではないから、周囲からは特に不審がられることもなかった。
問題は明生本人で、彼だけはやはり異変を察知したようだった。当初は個人的に遊んだことがバレないようにしているのだと解釈してくれたようだが、いつまでたっても他人行儀な態度を崩さないのを察すると、何か言いたげな顔で和樹を見るようになった。かと言って和樹に個人的なメッセージや電話をしてきて問い詰めるようなこともしない。
和樹はそれを「明生も分かってくれたのだ」と思っていた。
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