そうして、ディズニーランドから一ヶ月ほどが過ぎた頃。 「そう言えばさ、明生と最近、連絡取ってる？」ほぼ毎晩、大抵は23時頃。涼矢のほうから電話をかけて、その日のことを話す。ごく稀に他の友達と通話中だったりして出られないこともあれば、涼矢が別の作業に没頭してかけそびれることもあったが、大した問題ではない。そんな時は都合の良いタイミングでおやすみのメッセージを送りあって終わらせるだけの話だ。 ――たまにね。 「塾のある日に電話来るんだっけ。」 ――前は。だから週三ペースだった。こっち帰って来てからは週一ぐらいかな。 「頻度下がったのって、なんか理由あるの。」 ――うーん、特には。二学期始まって宿題も増えたから忙しいんだって。だから前みたいに頻繁には連絡しないけど気にしないで、なんて言われちゃったよ。前に俺が、塾の日なのに連絡来なくて心配したからかな。 「涼矢が人の心配？」 ――その頃は明生のこと良く知らなかったし。でも、あの子、思ったより全然しっかりしてた。 「うん。そうだな。」和樹は物言いたげな明生の顔を思い浮かべた。「しっかりしてるから、つい、こっちが甘えちゃう。」 ――なんかあった？ 「いや、ない。ないようにしてる。距離を置く……と言うとちょっと違うかな。本来の距離感に戻したってとこ。他の生徒とまったく同じように接してる。最初は不満そうだったけど、今は慣れてくれたんじゃないかな。何かそういうこと、言ってない？」 ――いや、何も。猫の話とか、そんなんばっかり。 「そっか。」 ――気になることあるなら、聞いてみるけど。 「ううん、いいよ。おまえにも言ってないなら大丈夫なんだろ。」 ――そんなに信用されてないよ。酔っぱらったとこまで見られて。 「そうかな。逆にさ、そういう隙を見せたほうが相手も心を開いてくれたりもするし。」 ――俺が嫌なんだよ。そういうの見せるの。 「ははっ。」と和樹は笑った。「意地っ張りだからなあ、おまえ。」 ――おまえもだろ。 「もう一人の意地っ張りはどうなった？」 ――もう一人？……ああ、エミリか。うん、頑張ってるみたいだよ。 「頑張ってるのは分かってるよ、あいついつも頑張るんだから。」 ――俺だけに連絡来ることないよ。俺らのグループ宛てに来てる内容しか俺だって知らない。 「まったく、エミリはホント、そういうとこ義理堅いよなあ。」 ――和樹とは個人的に連絡取ってるよな？　なんか、ほら、女の子のプレゼント一緒に選んだり。 「あれは、俺が頼んだことだし。エミリから来たのはストーカーの時だけ。……そうそう、その女の子、別の塾に移ったんだ。ゴリゴリ勉強させる系の進学塾。ちょっと淋しくなったな。」 ――キャーキャー騒いでくれる子がいなくなって？ 「二年になった頃から、そんなに騒がなくなってたよ。明生にしても、その子にしても、あのぐらいの年ってのは、成長が早いねえ。ファーッと大人っぽくなっちゃってさ。」 ――オヤジくせ。 「俺らなんてなあ、中学生からしたら立派なオヤジだよ、オヤジ。もっとしっかりせにゃ。」 ――いくつも変わんないだろ。中二って……１４歳？　５、６歳しか違わない。 「俺の５個上っつったら、２４か。社会人じゃん、兄貴とほぼタメじゃん。やっぱり年の差はデカいよ。」 ――年取ってりゃいいってものでもないだろ。中身の問題で。 「ああ、もう、そういう正論は要らないの。」 ――そんなこと言ってたらそのうち明生に抜かれるぞ。中身が。 「もう抜かれてるのかも。」 ――そんなことないよ、とは言いにくいな。 「言えよ、そこは言ってくれよ。」 　二人で笑いあって、この日の電話は終えた。 　電話を切った後、涼矢は明生と最後に会話した時のことを思い出そうとした。そして、「会話」はしていないことに気付いた。メッセージのやりとりだけで、ディズニーランドの時以降、明生の声は聞いていない。スマホのメッセージ履歴を確認して、前回はちょうど一週間前だったことを知る。とりたてて気になる話題はない。それこそ猫の話題や体育祭の話題といった他愛もないことだけだ。強いて言うなら、他愛もない話しかしていない、ということが気がかりだ。以前ならそんな話題に交じって和樹の話が出たものだ。それが一切なかった。和樹があんな風に気にしているなら、明生だって何らかを感じ取っていいはずだ。 　とっさに明生に電話をかけそうになり、画面の時刻表示を見て、思いとどまる。 ――明日、明生に電話してみよう。 　翌日の晩、涼矢はそれを忘れることなく、和樹より先に明生にメッセージを送った。 　会話のきっかけは少し悩んで、結局猫のことにした。 [ 茶々は元気？ ] 　返信はすぐに来た。 [ 元気だよ。エミリは元気？ ] 　和樹の話題はしないくせに、エミリのことは気になるのか。そんな些細なことにいちいちひっかかる。 [ うん。フォームが、ほんの少しだけど、乱れてたみたい。昔から見てるこっちのコーチにそう言われて、今、修正するようにがんばってるって。もう少ししたら東京に戻ると思う ] [ よかった ]