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第789話 New Season (6)
いよいよ本題に移ろうと思うが、いきなり切り込んでいくのも得策ではないだろう。和樹の気がかりを悟られないように慎重に探りを入れる。
[ 和樹から、連絡あった? 来月の、学祭のこととか ]
[ ううん 先生とは 塾で勉強のことしか話してない ]
あっさりとした返事だった。内容は和樹の発言と合致する。だが、それが妙だと思う。先生が髪を切っただのピアスが変わっただのと騒いでいた明生が。
何かと気の回る明生のことだから、二人の邪魔をしちゃいけないと思い、特に遠方にいる自分に遠慮して、そんな態度になっているのだろうか?
[ どうして? もしかして俺に気を使っている? ]
[ ちがうよ ]
否定の言葉もまた、あっさりとしたものだ。
[ それならいいけど ]
明生の態度が本心ならいい。ただ単純に、勉強が忙しくなり、和樹への気持ちも落ち着いた結果なら、それが何よりだ。しかし、ここに来て、返信が途絶えた。既読マークはすぐについたというのに。もちろんそういうことはしょっちゅうあるし、いつもなら気にしないのだが、どうしてだか今回は心がザワつく涼矢だった。だが、あえて明生の出方を待つことにした。
ものの一、二分だったが、画面とにらめっこしていればそれなりに長く感じる時間が経過して、返事がやっと来た。
[ 本当にそう思う? ]
意味深な言葉に涼矢は首を傾げる。
[ え どういう意味 ]
[ わかんないならいいって ][ 涼矢さんも先生も ][ 前に僕に言ってた ]
明生の言葉はどこか棘のある言い方に思えた。そんな言い方は、初めて明生から連絡があった時以来だ。あの時ばかりは、都倉先生に何か言ったのかと最初からつっかかってきたけれど、それもすぐに謝罪に変わった。
[ どうしたの 何か 怒ってる? ]
[ 怒ってない ][ でも安心して ][ 僕それほど先生のこと好きじゃなくなった ]
[ 和樹に怒ってるの? ]
[ 違う違う 誰のことも怒ってないよ ][ 言った通り ][ 先生のことは好きだけど 前ほどじゃないってだけ ]
言葉を重ねれば重ねるほど、明生の気持ちが分からなくなった。和樹を好きじゃなくなった? その理由も分からなければ、そのことと、つっけんどんな態度との関連性も分からない。ディズニーランド以降、和樹が他の生徒と同様に扱うようになったことが気に食わないのだろうか。だが、明生に限って、特別扱いしてもらえないからと言って拗ねるようには思えない。それに、今こんな態度を取っているのはあくまでも「涼矢」に対してだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、和樹に腹を立てるついでのとばっちりなのだろうか。――いや、誰のことも怒ってない、と明生は言っている。
文字を眺めるだけじゃ埒が明かない。そう結論付けて、涼矢は電話をかけた。
「どうしたの。」
――どうもしてないよ。
婉曲に、さりげなく聞き出すなどと言う芸当はできそうにない。涼矢は単刀直入に尋ねた。
「なんか、いつもの明生と違うよ? 和樹に何か言われた?」
――言われてないよ。さっきも言った通り、最近は全然、話してないんだ、勉強のこと以外は。でも別にギスギスしてるとかでもない。普通だよ。すごく普通。
「和樹じゃないなら、俺? まだ怒ってる? ディズニーの日のこと。」
――怒ってないよ。まだって何? 最初から、全然怒ってないのに。
そうまで言われたら、残る心当たりはひとつしかない。
「酔っ払って、変なとこ見られちゃったからさ。」
だらしなく和樹に寄りかかっていたのを見られたはずだ。エミリが既に酔いつぶれていたのに、自分まで寝てしまったのもみっともなかった。そんな自分に、更にそれを許した和樹に幻滅したと思えば、辻褄が合う。
そう思って言ってはみたが、明生は何の反応も示さなかった。
「明生?」涼矢は電話の向こうの明生の様子を窺う。
そこからも少しの間が空いた。明生が息を吸う気配を感じた。何か決意したかのような。
――見られちゃったんじゃなくて、見せたってことはない?
思いがけない言葉に、涼矢は「えっ?」と聞き返す。
――気が付いてなかったの? 涼矢さん、あの時の。
あの時? 涼矢は懸命に記憶をたどる。今の話の成り行きからしたら、和樹の部屋で酔っぱらった時のことなのだろうが、そんな姿をわざと見せるような真似をするはずがない。では、何か別の話なのか。
「何が? 何の話?」
――僕、ずっと考えてた。気のせいなのか、そうじゃないのか。そうじゃないなら、なんでそんなことするのか。
明生の謎の言葉に、涼矢は益々混乱した。その混乱は明生が次に口にした言葉で解決はするのだが。
――あの時、ベッドで、キスしてた。覚えてるよね? あれ、僕に、わざと見せた?
「……えっ。」涼矢の頭が真っ白になる。キス? ベッドで? 明生がいる前で? そんな馬鹿なと思いつつも、和樹にもキスのことを指摘されたのを思い出した。あまり覚えていなかったけれど、言われてみればなんとなく思い出した。だが、明生はトイレに行っていて見ていないと和樹は言っていたはず……。そう思った瞬間、涼矢の記憶が一気に鮮明になった。――そうだ。あの時、和樹の肩越しに誰かが見えた。「……見て、たの? ごめん。」
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