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第793話 to the future (1)

「明生、成績もぐんぐん上がっててさ。質問も、俺じゃ頼りないみたいで久家先生とか小嶋先生のところに行くようになっちゃって。」 ――エミリは今度、大きい大会出るんだろ。 「そうそう。なんかすげえよな。」 ――おまえはどうなの。そろそろ学祭準備だっけ、忙しいんじゃないの。 「うん。結構バタバタしてる。」 ――ミスコンは? 「出ねえよ。」和樹は笑った。 ――なんだ、出ないんだ。出るなら見に行こうと思ったのに。 「今年の学祭はそっちと日程ズレたもんな。つか、来る気あったんなら来いよ。」 ――だって忙しいんだろ? 行ってもおまえがいないんじゃしょうがない。 「じゃあ、そっちの学祭の時に来れば? 涼矢は別に、自分とこの学祭には興味ねんだろ?」  涼矢は一瞬言葉を詰まらせた。 ――あ、うん。でも、今年はひとつ、見たいのがあって。 「へえ、珍しい。何? 好きなバンドでも来る?」 ――いや。法学系の公開講座。 「うわ、地味。」 ――うん。地味。テーマに興味があるのもそうだけど……哲のね。 「えっ? 哲?」  思いがけない名前に、和樹が動揺する。 ――哲が今師事してる、向こうの大学の教授が来日して基調講演する。そのあとパネルディスカッションもあって、日本の憲法との比較を……って、和樹は別に興味ないか。  確かに、講座の内容には興味がない。哲の担当教授だと聞いても、そういうこともあるだろうと思うだけだ。ただ、涼矢がその情報を「直接哲から」連絡を受けたのかは気になった。かと言って素直に聞くのも気が引ける。そんなことまで気にする心の狭い奴だと思われたくない。結果的に黙り込んでしまったが、却って涼矢に不機嫌さを伝える羽目となった。涼矢は和樹の無言を哲の名前を出したせいだと悟り、言い訳を始めた。 ――先輩が。俺が来年行きたいと思ってるゼミの先輩に誘われたんだ。見覚えのある大学名だったから、哲に聞いたら、今その教授のクラスで勉強してるって。  経緯は分かったが、予想よりも悪い。「哲に聞いた……って、おまえから連絡したの?」 ――え、あ、うん。 「あいつとコンタクト取ってんだ?」 ――そんなしょっちゅうじゃないよ、何回か向こうから近況報告とかあったぐらいで。それだって千佳や響子にも同じ内容で来てて。  涼矢の口調が焦れば焦るほど、和樹のほうは冷静になった。 「それの講座ってのは、いつ?」 ――学祭の初日。土曜の昼。 「じゃあ、それ終わってから来れば?」 ――ごめん、その日の夜も予定が入ってる。その、公開講座の関係者で懇親会があって。その、誘ってくれたゼミの先輩とかも参加するから、顔出しておかないと。 「へえ。」和樹は含みのある言い方をする。「涼矢くんもそういう場に参加するんだねえ。」 ――それは、だって、希望のゼミ入るにはそういうつきあいも大事だって言われて。 「それも哲から?」 ――哲にも、他の人からも言われたよ。俺だって行かなくていいなら行きたくないし、和樹のほう優先にしたいけど。  あまりの必死さに和樹は吹き出してしまう。「嘘嘘、分かってるって。」和樹は笑った。「ゼミが決まるのって、いつ?」 ――11月にオリエンがあって、希望のゼミに申し込んで、定員を超えたら選抜。ダメなら一ヶ月後ぐらいに二次の申し込みする。俺が行きたいのは毎年人気の先生だから、成績で選抜される可能性が高い。 「成績は大丈夫だろ?」 ――一応。けど、まあ、ちょっと根回し的なのも必要って噂で。だから、そういう場に参加するのも仕方なくっていうか。 「おまえの口から根回しなんて言葉を聞くとはねえ。」 ――俺だって、大学でそんなん必要だなんて思ってなかった。けど、哲が。 「哲が?」 ――あいつは前からそういうの、いろいろ準備してたみたいでさ。 「さすがだね。」 ――俺は苦手だから。そういう、コネ作るとか。 「知ってる。で、哲がいろいろ助けてくれたってわけだ。」 ――そ、さっき言った、ゼミの先輩紹介してくれたりね。けど、留学決まってからだよ。つまり、あいつが帰国する時までちゃんとその人脈守ってろって話。俺のためだけじゃない。 「あいつらしい。」 ――和樹のとこは? ゼミってどうやって決めんの? 「うちの学部は一年からゼミがあるんだ。専門的なのは三年からだけど、一、二年で取ったゼミで自然に振り分けが決まってくるから、逆にそういう根回しとかあんまり関係ないかなあ。それより教職のほうの兼ね合いがしんどいって今更気が付いてさ。」 ――そうなの? 「うん。時期的に教育実習と就活が被るんだよ。その前にインターンとかも考えなきゃだし。」 ――今から就活? 「一般企業目指す以上はね。」 ――教師は目指さないの? 「うーん。どうだろう。本当に俺にできるのかなって。」 ――できてるだろ、塾の先生。 「塾とはまた違うからなあ。」 ――明生も、なってくれたら嬉しいって言ってたじゃない? 「おまえはどう思う?」 ――和樹が先生になること? 「そう。」 ――本人の意志だろ、そこは。

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