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第794話 to the future (2)

「おまえから見て、俺に向いてる職業だと思うか?ってことだよ。」 ――俺の弁護士の適性よりは、おまえの教師の適性のほうがあると思う。 「ややこしい言い方するんじゃないよ。」和樹は笑った。「向いてるってことだな?」 ――向いてるとは思う。けど。 「けど?」 ――明生みたいなのが大量に出てくるのかと思うと、気が休まらない。 「そうそういないって、そんなの。」 ――絶対いるって。そうだ、小学校の先生になれ。それなら多少は安全。 「多少かよ。つか、ダメだよ、小学校教諭の免許は取れないの、うちの大学じゃ。」 ――そうなんだ? 「そういう大学多いよ。だから、カオリ先生も。」言いかけて、黙る。  既に高校教師として勤務していたが、やっぱり昔からの夢だった小学校の先生になりたいと、通信で不足している単位を取得しようとしていた。そんな時に奏多との子を妊娠して――堕胎したカオリ。 「まあ、とにかく。」和樹はその話を切り上げることにした。涼矢も何も言わない。「教師も選択肢としては残すけど、どうするかはまだ決められないなあ。」 ――時間はあるし。 「ああ。」  そこからはいつもの雑談に戻って、電話を終えた。  ベッドに潜り込んでから、和樹はつらつらと考える。  涼矢にはああ言ったが、それほどの時間的余裕はないのだ。あと半年もしないうちに三年生になる。早くも就職に向けて動き出している同級生も多い。渡辺はこの夏休みを利用して既に企業インターンに参加したようだし、舞子はアナウンサー志望で、そのための教室に通い出したと聞いた。かと言って、希望業種も定まらない自分が彼らを真似ても仕方がないと思う。  その点、司法試験に照準を合わせている涼矢は、やるべきことが見えていて羨ましい。同じように「教師になる」と言えたらいいとも思う。そこまで思い切れない大きな理由は宏樹であり、奏多だった。  うんと小さな頃は兄の後ろを追いかけてばかりいた。けれど、運動でも勉強でも宏樹には敵わないことに気付いた。先に始めた分できることが多いのは当たり前だ、と宏樹は慰めてくれたものだが、兄が成し遂げた年齢になってもできないことも多々あった。比較されるのが辛くて、兄とは違うことをするようになった。なのに、ここに来て同じ職業を選ぶのは抵抗がある。  それに奏多。教育実習生に惚れたからって、同じ大学に入り同じ職業を目指すなんて、少々みっともない行為に思えた。そこまでして彼女に気に入られたいのかと。  でも、塾のアルバイトを始めてみれば、そんな軽薄な動機で目指せる仕事ではないと分かった。そのアルバイトを選んだのも、心のどこかに「宏樹に近づきたい、認めてもらいたい」という気持ちがあったからじゃないのかと自問自答する。  意地を張らずに素直に考えると、サラリーマンよりは教師という仕事のほうが――。 『いいと思う。すごくいい。』 『先生、高校の先生になってよ。僕、先生がいる高校に入るから。』  明生の弾んだ声を思い出しながら、いつしか和樹は眠りに就いた。  その頃涼矢は、ぼんやりとPCのモニターを眺めていた。そこには自分には縁遠いものが映っている。結婚式の写真だ。ヨーロッパ的な景色に見えなくもない庭園。一見石造りに見えなくもない洋館。フラワーシャワーはあえてピンボケになっている中を、金髪の男女が手を繋いで歩いている。  涼矢は、両親の写真結婚式をするためのスタジオを探していた。一般的なスタジオの他にも、結婚式場で写真室だけを利用するプランもあったし、カメラマンが指定の場所に出張するというプランもあった。今見ているのは、広告写真の撮影や映画のセットとしても利用可能という「貸し切り可能な洋館」のサイトだ。  以前叔父に見せてもらったゲイカップルの結婚式の写真にも芝生と洋館が映っていたが、印象はだいぶ違う。ガーデンパーティだったのだろう、陽光の下、二人の新郎はたくさんの友達に囲まれて、腕や肩を組み、誰もが大口を開けて陽気に笑っていた。こんな、借り物のようによそよそしい笑顔でなく。  ふむ、と涼矢は腕組みをする。そのサイトからはとっとと離れて、その前に見ていた出張カメラマンのサイトに戻った。だが、そこそこ信頼できそうなカメラマンに依頼しようとするとかなりの金額になることを知る。交通費も依頼者負担で、馬鹿にならない。  改めてプランを練り直す。誰かを招待するわけじゃないから、二人でスタジオに行ってもらうのが一番手っ取り早い。だが、多忙な二人にその時間が割けるかどうか。それなら父親が帰省してきて、ホテルのレストランで食事でもするという時に、そのついでにホテルの写真室を利用するというのも悪くない。Zホテルなら申し分ないだろう。  涼矢はZホテルのサイトを検索し、その写真室の利用料金を調べたが、予想を上回る高額だった。涼矢の貯金で賄えない額ではないけれど、出所を考えたらほぼ親の金だ。それで銀婚式のお祝いだと言い張るのは少しばかり筋が違う気がする。  たかが写真一枚撮るだけだと思っていたのに、手間も費用もかかることを知って、涼矢はげんなりした。

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