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第795話 to the future (3)

 去年とは違い、和樹はそこそこ熱心に学祭準備に励んだ。そうでもしないとまたミスターコンテストに駆り出されてしまいそうだ。とは言え、サークルに顔を出したら出したで、会う人会う人に「今年は優勝か?」などと冷やかされることには変わりなかった。 「ねえ、本当に出ないの?」と彩乃が言う。 「出ないって。勘弁してくれよ。どうせ四年が優勝するんだろ。」 「じゃあ、四年になったら出てくれる?」  和樹は、ぐ、と言葉を呑み込んだ。 「予約ね。」彩乃はフフンと笑った。「でも確かに、今年の優勝は難しいかもしれないわ。」 「ん?」 「期待の新人がいるの。」 「へえ。一年?」和樹は後輩の顔を順繰りに思い浮かべた。 「ううん、私たちと同じ二年。九月に来た留学生。この間うちのサークルに入ったんだ。」 「留学生かぁ。なんかズルいな、どこの国?」 「アメリカ。」 「金髪碧眼のイケメン?」 「韓国系アメリカ人の子だから、見た目はアジア人よ。で、すっごいイケメン。日本語もペラペラで私より上手かも。」 「へえ。」 「日本でタレントになりたいみたい。舞子もアナウンサー志望でしょ。よく二人で話してる。」 「すげ。」 「都倉くんは目指さないの?」 「何を?」 「そういうギョーカイ。」 「ないない。」 「もったいない。」  彩乃ちゃんこそ、と返そうとした時に渡辺が来た。 「おっはよ。」もう夕方なのに、そんな挨拶をする。また「ギョーカイ人」ぶった奴が来た、と和樹は思う。 「あれ、おまえ五限あったの?」と和樹が聞いた。渡辺とはよく授業が重なるが、この曜日は被っているものはなかった。 「あったのよ。」渡辺は、ふわあ、と欠伸をする。「あー、ね、都倉さ、成人式ってどうすんの。」 「え?」 「一月にあんじゃん。市が主催のイベント。あ、おまえんとこは区か。あれって希望すれば別の地域の成人式でも参加できるらしいんだ。おまえ杉並区のに出ても知り合いいないんじゃないかと思ってさ。俺んとこ、ライブやるから来ないかな、と思って。」渡辺はある歌手の名前を挙げた。以前和樹と話題にしたことのある歌手だ。 「あっ、私もその歌手好き。いいよね。いいな、私もそっち行きたい。」と彩乃が言った。 「彩乃さんは鈴木と行ってくださいよ。」と渡辺が唇を尖らせた。せっかく入手しづらいチケットを用意してデートに誘ったというのに、実は鈴木と交際していた彩乃。渡辺はそれをまだ根に持っているようだ。 「俺、地元のに出るから。」と和樹は言った。 「そっか。」渡辺はあっさりと納得した。 「彼女も地元だもんね?」と彩乃が言った。  和樹は一瞬渡辺を見た。涼矢のことを打ち明けた友人。知っている者が一人もいない場なら誤魔化すことにも慣れたが、こういう状況には慣れていない。 「遠恋、まだ続いてるんだ?」と渡辺が言った。 「うん。」 「だったらそっち行きたいよな。」 「そう、だね。」 「振袖の彼女さん見たいもんねえ。」と彩乃が言った。渡辺も、もちろん和樹自身も「彼女」という語は口に出していないが、彩乃は当然のようにそう表現する。和樹がただ曖昧に笑ってやり過ごしていると、彩乃が話題を変えた。「振袖のレンタル料金、知ってる? びっくりする額よ、海外旅行行ける。」 「あー、知ってる。今、妹、高三でさ、もうパンフがいっぱい届いてるんだ。すげえのな、着物借りるだけで何十万。うちは母親のがあるから良かったっつってた。姉貴もそれ着たから元は取れた、なんて言ってたけど。」 「それでも着付けやメイクしてもらって写真撮って、それもちゃんとしたアルバムにして……なんてやってたら、結局数十万よ。それにお振袖って保管するだけでも大変。一生に何度も着ないのにね。」 「男は楽だな。」と和樹が言った。 「俺、羽織袴だぜ?」と渡辺が言う。 「マジかよ。」「うっそぉ。」和樹と彩乃の声が重なった。 「写真の時だけな。」 「私、写真はもう撮っちゃった。前撮りすると安いから。」 「へえ、そんなのあるんだ。」和樹は感心しながら二人の話を聞いていた。成人式のことなど、涼矢に話を振られた時に二言三言話しただけで、具体的には何も考えていなかった。  和樹がそんなことを話していた日の夜、いつもより早く帰宅した佐江子は、涼矢と一緒に食卓についた。予想外の早い帰宅だったから、涼矢が慌てて作った夕食は手の込んだ料理ではない。シンプルな豚の生姜焼きに千切りのキャベツ、味噌汁、市販のおからの炒め煮といった献立だ。 「そうそう、涼矢。あんた、成人式の写真、どうする?」佐江子は白飯はつけずに、おかずを酒肴にして缶ビールを飲んでいる。 「どうするって。俺は要らないけど。」 「要らないって、撮らないの?」 「うん、別にいい。」 「式典は?」 「出ると思う。どうせ柳瀬あたりに誘われる。」 「都倉くんはどうするの?」 「……来られればこっちのに参加するって。」 「そう、来られるといいね。」  佐江子にそう言われても素直にハイとは言いにくい。 「ああ、で、写真ね。あんたが特にこだわりないなら、アリスのとこで撮ってもらったらどうかなと思って。あそこんちのお姉ちゃん、カメラマンなんだよ。」

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