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第796話 to the future (4)

「へえ。」涼矢は前夜に見ていたカメラマンのサイトを思い出していた。 「と言っても、スタジオカメラマンじゃなくて、雑誌のインタビュー記事なんかに添えてある写真あるじゃない? ああいう写真撮る人。今は育児で現場離れているんだけど、ちょっとした記念写真ぐらいなら、いつでも時間取るって言ってくれてる。」 「スタジオ専属じゃないなら、どこで撮るの?」 「あの店。」 「え。」 「でも、照明とか工夫すれば結構良い感じに撮れるみたいよ。六三四くんが結婚した時は披露宴も何もしなかったけど、身内だけで記念撮影したんだって。その写真を見せてもらったら、全然見劣りしなくて、素敵だったよ。」 「ふうん。」涼矢は顎に手を当てて真剣に考える素振りをした。それを見た佐江子は、涼矢が予想以上に写真に興味を示したと思ったらしく、「もちろん、ちゃんとした写真館で撮りたいならそれでもいいよ。どこか探そうか?」と言った。  むろん、涼矢が真剣に考えていたのは両親の銀婚式の写真のことだ。 「いや、いい。それでいい。近いうちアリスさんに直接聞いてみる。」涼矢は銀婚式の話はしないでおいた。サプライズを企てているわけではないが、実現できるかどうかもあやふやな現状で、佐江子に事実を伝えるのは避けたほうがいいと判断したのだ。 「嫌でなければ、都倉くんもそこで撮ればいいんじゃない?」佐江子が言った。 「それは俺が嫌だ。」と涼矢は答え、自室に引っ込んだ。  親の理解があることはありがたい。和樹を見ていてもそう思うが、見て見ぬふりをしてくれるぐらいでいいのに、と思う。過干渉とは言わないまでも、当たり前のように和樹をセットにして話を進められるのは気恥ずかしい。ゴミ箱を覗かれた時の不快感が蘇る。  でも、それは贅沢な要求なのだろうとも思う。同性愛に理解がある時点でどれほどの人に羨ましがられることか。 「うん、うちは親公認。家族旅行も一緒に行ったことあるよ。」と響子が言った。ランチに誘われた学食でのことだ。 「先輩、彼女の親と一緒に旅行なんて嫌がらないの?」と千佳が言った。 「全然。初めてうちに来た時は緊張してたけど、今はもう慣れたみたい。」 「家の行き来もあるんだ?」と涼矢が聞いた。そもそもは珍しく涼矢から振った話題だった。響子の彼氏のことを親は知っているのか?と。 「うん。お母さんなんか、今日はお鍋だから彼氏呼んだら?なんてノリよ。彼、一人暮らしだから、そういうごはん、なかなか食べる機会ないだろうからって。」 「あ、俺も。」と言いかけて、後悔した。 「えっ、涼矢くんもって?」千佳は耳ざとい。  涼矢は観念して言った。「……俺も、あいつんちで手巻き寿司する時、呼ばれる。」 「和樹くんが帰省した時?」 「それもあるし、いない時も。」 「いない時も?」と千佳が驚いた。「親公認も公認じゃない。家族の一員。」 「いや、そうじゃなくて。公認はされてない。向こうの親は俺のことただの友達だと思ってる。」 「涼矢くんちのお母さんは?」 「両親とも知ってる。」 「知ってて、えっと。」千佳は言葉を探している。おそらくは涼矢を傷つけない言い回しを。 「知ってて、認めてくれてる。」 「そっか。良かったね。」千佳がにこにこした。やっぱり親に認められている関係は、こんな風に無条件に祝福されるべきものなのだ、と再確認した涼矢だ。  響子が言った。「でも、和樹くんちも良い感じじゃない? だって、いくら友達って言っても、私がいない時に千佳がうちで手巻き寿司するなんてありえないでしょう?」 「そうねえ。」と千佳は小首をかしげる。「響子の彼氏みたいに一人暮らしだからとか理由があればともかく、私も響子も実家暮らしだしね。ないよね。」 「成り行きで。」と涼矢は補足した。「和樹が帰省してた時、あいつんちで手巻き寿司をごちそうになったんだ。うちは父親が単身赴任してて母親も仕事が忙しいから、一人で食事することが多くて、手巻き寿司を食べたことないって言ったら、なんか……哀れがられて。」 「哀れって。」千佳が笑った。 「でも、二度ぐらいだよ。和樹抜きは。それに誘ってくれるのは親じゃなくてお兄さんのほう。」 「お兄さんとも仲良いの?」 「まあまあ、かな。……これもいろいろ成り行きで、俺らのこと、知られてるから。」 「和樹くんちは、親公認じゃないけど、兄公認ってことか。」と千佳が話を整理する。 「うん、まあ、そういうこと。」 「いいねえ、和樹くんちも涼矢くんちも響子んちも。うちなんか、私が彼氏できたなんて言ったら大騒ぎして家族会議が起きそう。」千佳が苦笑いをする。もう食事は終え、紙パックのアイスカフェオレにストローをさして飲んでいる。 「あの時はどうだったのよ、高校の時。一瞬いたじゃない、彼氏。」と響子が言った。 「一瞬だったから紹介する間もなかったよ。もうね、結婚前提ぐらいになってからじゃないとおちおち紹介なんかできない。」 「その前に彼氏作らねば、ですよ。」と響子が笑った。 「別に要らないもん。」と千佳が唇を尖らせる。

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