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第797話 to the future (5)

「ふふっ。」と響子が笑う。嘲笑ではない。温かく見守る笑顔だ。「まあ、そうよね。恋というものはしようと思ってするんじゃなくて、ある日突然落ちるものなんだから。そんなこと言ってる千佳だって、五分後には運命の人と出会うかも。」 「ないって、そんな、映画じゃあるまいし。」と言いつつ、千佳も顔をほころばせた。 ――もし千佳が。  涼矢は思う。 ――もし千佳が、高校時代に響子に告白していたら、この二人はどうなっていたのだろう。  女性の同性愛者だって当然苦悩はあるだろう。それは自分が経験した感情とは別物なんだろうか。今まで考えてみたこともない。正直、女性に興味がなかったし、今もないから、考える必要性も感じなかった。かといって響子や千佳に興味がないわけではない。  涼矢にとって、そういった「指向」は常にごく個人的なもので、同性愛者全般についてはそう熱心に考えたことがないのだ。それは性指向のことだけではない。たとえば和樹は動物園にいるような動物については、大概興味を示す。対して自分はいかに可愛らしい犬猫であっても、それほど興味関心を持つことはない。でも、明生の飼い猫である茶々については、日常の様子を聞くだけでも面白いと思う。それは和樹とリンクしているからだ。  世の中のゲイが、あるいはレズビアンがどんな生き方をしているのかは知らない。ただ、倉田や哲が、あるいは千佳がどんな風に生きてきたのかは、聞けるものなら知りたいと思う。  涼矢は目の前の千佳を見る。もっとも、千佳はレズビアンではないだろう。現に哲に恋愛感情を持っていた。異性への恐怖や不安からそれを感じさせない対象として響子に惹かれたに過ぎず、自分と苦悩の共有ができるとは思えない。 ――まあ、ゲイなら共有できるってもんでもないけど。  最後はそう心の中で呟いて、涼矢は話題を変えた。「女の子は、成人式ってやっぱり気合入れるものなの?」 「気合? 気合は入れてないけど、もう写真撮っちゃった。」と響子。 「え、もう?」 「うん。六月頃だったかな。日焼けする前に撮ったから。前撮りするとお得なプランだったのよ。レンタルだけどね。」 「私は姉たちのお下がりの着物。」 「いいよねぇ、お姉さんいると。」 「でも、背が高い姉さんたちに合わせてあるから、私が着ると大きいのよ。仕立て直すかどうか迷ってる。」 「直せばいいじゃない。」 「私のサイズに詰めたら、私が引き取らなきゃならなくなる。」 「ダメなの?」 「振袖なんて成人式ぐらいしか着られないのに、邪魔でしょ。クリーニングだって専門業者に出さなきゃいけないし、管理が面倒だよ。」 「その点、男の子は楽だよね、彼も普通のスーツだった。」響子の彼氏はこの大学の先輩だ。「でも、綺麗なお着物着るとやっぱりテンション上がるわ。写真撮影、楽しかった。でもねぇ、このへんが苦しくて。」響子はみぞおちのあたりを撫でる仕草をした。「式の当日ももう一度レンタルするから、その時までに頑張って痩せなくちゃ。」 「じゃあ、そのプリン、ちょうだい。」千佳は響子のトレイに乗ったプリンに手を伸ばした。 「ちょっと、ダメよ!! ……ダイエットは明日から頑張る。」響子はそんな自分の言葉に自分で笑った。  すぐに手を引っ込めた千佳が言う。「涼矢くんもスーツ?」 「うん。」 「同窓会みたいなの、ある?」 「ある、と思う。」確認したわけではないが、おそらくあるはずだ。 「うちらもあるよね?」と千佳は響子に同意を求める。 「毎年やってるから、あるんじゃない? 私のところは中学もあるんだけど、仲良い友達は高校のほうが多いから高校のほうだけ出ることになるのかな? 千佳もいるしね。」 「付属だから新鮮味には欠けるけど。」  そんな会話を聞きながら、涼矢は中学の同窓会がある可能性について、頭からすっぽり抜け落ちていたことに気付いた。 ――まあ、あったとしても、顔出すのは高校だけでいいだろ。 ――和樹もいるし。  それは響子の言う「千佳もいるしね」とは異なるニュアンスだ。 ――今度こそ、大して仲の良くない奴らにも、それから先生や親たちとかいった周囲の人にも……いろんなことがバレしまうかもしれない。  でもきっと、和樹は「行かない」という選択肢は取らないだろう。だとしたら自分も同じ選択肢を取るまでのことだ。

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