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第798話 to the future (6)

 その晩、涼矢は和樹に電話をかける前に、柳瀬に連絡を取った。成人式に合わせた同窓会などは計画しているのか、という確認だ。 ――それは俺じゃないよ。青野が学年幹事だから。  聞き慣れない単語を、涼矢は聞き返す。「学年幹事?」 ――卒業年度ごとに代表委員みたいなのがいるんだよ。卒業生名簿作る時とか、在校生が全国大会出るから寄付してくれとか、たまにОB宛てに連絡来るだろ? そういうのはそいつらが仕切ってんの。んで、学年全体に声かけるような同窓会は学年幹事がまとめるんだ。 「そんなの、いつの間に決まってたんだ?」 ――大抵、生徒会長やった奴がやる。任期があるのか知らんけど、本人が嫌だって言わない限りはやるんじゃないの。 「青野って、生徒会長だった奴か。」 ――そうだよ、卒業式の打ち上げでも司会やってて、おまえ、困らせてただろうが。 「打ち上げって、あの、カラオケのこと?」 ――そう。今思えばあれ、都倉のこと言ってたんだな。  卒業式の日、和樹とつきあうことになった。そして、初めて最後までセックスした。そのまま二人で過ごしていたい誘惑も大きかったけれど、結局は級友や部活仲間たちからのひっきりなしの呼び出しに応じて、打ち上げの席に向かった。  その場で突如始まったスピーチ大会。話した人は次のスピーカーを指名していいなどというルールができて、奏多に指名された涼矢。  奏多が教育実習生だったカオリと交際していたという爆弾発言の後で、会場にはなんとなく涼矢にも恋の話を期待している雰囲気が流れていた。  奏多の前に指名されていた和樹は、因縁の柴に絡まれながらも上手にかわし、笑いもとりつつ誤魔化していたけれど、涼矢に同じことができるはずもなかった。  だから、涼矢は事実を話した。すべてを話すことはできなかったけれど、少なくとも嘘はつかなかった。 ――俺にはずっと好きな人がいて ――俺なんかが好きになっちゃいけない人でした ――でも、その人は、俺の気持ちを、受け容れてくれました ――これからどうなるかはわからないし、正直、うまく行く気は全然しない  あの時の自分に、今の自分たちを見せてやりたいと思う。 ――でも、俺は、今すごく幸せです  気持ちを伝え、受け入れてもらえただけのあの時ですら、幸せだった。今はもっと幸せだ。 「困らせてた……。」涼矢は口の中で柳瀬の言葉を繰り返した。確かにあの場を白けさせた記憶はある。卒業式に初体験。奏多に気付かれたキスマーク。綾乃を前に繰り広げられた和樹と柴の小競り合い。一日中感情を揺さぶられていて、叫び出したいような衝動に駆られるのを抑制するのに必死で、周りのことを考える余裕などなかった。なんとか叫び出しはしなかったけれど、言うだけ言って逃げ出してしまったカラオケボックス。 ――まあ、しゃあないけどな。  柳瀬が軽く笑った。涼矢のことなどすべてお見通しだと言わんばかりの言い方で、いつもなら分かったような口を利くなと言い返すところだが、今回ばかりはそんなことはしない。しないが、代わりの言葉を言うでもない。黙りこくったままの涼矢に、柳瀬は続けた。 ――仲良い奴らだけでちょこっと集まりたいってんなら、俺が声かけしてもいいけど。 「いや、いい。」涼矢はそれだけ答えた。どうしても会いたいと思えるような「仲良し」がいるわけではない。会いたくない奴ならいるけれど。たとえば柴。それから川島綾乃。そうだ、何と言ったっけ。同じ大学の、不潔なあいつも。「柳瀬、俺らの学年の、(たか)なんとかって奴、覚えてるか?」 ――高なんとか? それだけじゃ分かんねえよ。男? 女? 「うちの大学に入ったはずなんだけど。男。」 ――ああ、それなら高村だな。 「それだ。」 ――高村がどうしたよ? 「そいつ、嫌な奴? つか、嫌な奴だったんだけどさ。」 ――会ったのか? 「ああ。たまたまな。」 ――俺もそんなに親しくなかったからよく知らないけど、確かにあんまり良い印象はないな。暗くてさ。涼矢とは違うベクトルの陰気さで。 「俺とは違う陰気さってどういう意味だよ。」涼矢は半笑いで言った。柳瀬も笑う。 ――陰険ぽいっていうか。人の揚げ足ばっか取るような奴。 「ああ、やっぱそういう人なんだ。」 ――なんか言われたのかよ。 「まあね。」  涼矢は軽く言ったが、柳瀬の声が硬くなる。 ――都倉とのこと? 「そ。ポン太送りがてら帰省しただろ。あの時、和樹連れて俺の大学に行ってさ、学食でメシ食ってたら、一緒にいた友達と同じクラスだったみたいで、声かけてきた。」 ――へえ、おまえ、大学に友達いたんだ。 「いるっつの。」 ――て言うか、都倉連れていったのか。堂々としてんな。 「夏休みだし、知り合いに会うこともないだろうって思ったんだよ。……別に和樹とキャンパスにいたって見た目的にはおかしくはないだろ。つきあってますってプラカード掲げて歩いたわけじゃあるまいし。」 ――でも、高村には気付かれて、なんか言われた、と。何を言われたんだよ。 「あいつ、俺らがつきあってること知ってて、ホモを初めて見たとか、そういう。」

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