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第799話 to the future (7)

――うっわ、最低。  柳瀬の口調の中に真面目な憤りを感じて、涼矢は却って笑ってしまう。安堵の笑いと言うべきか。 「けど、一緒にいた友達のほうが先に怒っちゃって、俺は怒る暇がなかった。」そうだ。千佳もだ。千佳も柳瀬も、俺より先に怒ってくれる。怒りを招いた原因に対しては当然不愉快に感じるが、それよりも、そういう存在がいてくれる事実に救われる。そして、あの時、誰よりも怒ってくれたのは和樹だ。今にも殴りかかりそうな勢いは、和樹自身への侮辱に対してではなく、俺を庇う感情によるものだっただろう。 ――その友達もおまえらのこと、知ってんだ? 「うん。大学では俺、ゲイってこと隠してないから。聞かれたら答える程度だけど。」 ――都倉も? 「……あっちはそこまでではない、と思う。でも、一人二人には言ったらしい。」 ――そっか。前に聞いた時には、大学の友達には言えてないって言ってたから、ちょっと心配してた。一人でも二人でも言える相手ができたのなら良かった。  柳瀬が和樹のことまで心配しているというのは少し意外だった。「まあ、そうだね。」と返事をしつつ、和樹が久家先生やサークルの友人に言えたのは、元はと言えば柳瀬のおかげかもしれないと思った。Pランドで和樹が暴露した事実。それを真っ先にフォローしてくれたのは他ならぬ柳瀬だったのだから。でも、今更改めて礼を言う気にはならず、涼矢は話題を戻す。 「その高村って奴とはもう会いたくない。」 ――そういう奴に限って同窓会とか絶対来るんだよな。 「だったら行きたくねえな。」 ――そいつ一人ぐらい無視すればいいだろ。どうせ名前すらろくに覚えてなかった奴なんだから。 「そもそも大人数が苦手なの知ってるだろ。」 ――そりゃな。……まあ、まだ同窓会の知らせも来てないんだ。その時考えりゃいい。 「それ、問題の先送り。」 ――おまえが言い出したことに答えてやってんのに、なんだよ、その言い草は。 「ああ、はいはい。それじゃま、そういう連絡が来たら俺がどうしたらいいか教えろ。」 ――はあ? 「誰がどういう奴だったかなんていちいち覚えてない。行ったほうがいいとか悪いとか、おまえが判断して、俺に言え。」 ――なんだよ、それ。 「……正直、分かんないだよ、和樹とのこと、誰に言って誰に言わないほうがいいのか。高村が知ってたってことはそれなりに噂は出回ってるんだろうし、今更隠そうとは思ってないけど、ああいう奴がいる席に二人で行って、和樹が侮辱されるようなことだけは避けたい。」 ――都倉は都倉で考えて決めるだろ。おまえが決めることじゃないんじゃないの。 「あいつに言ったら、堂々と参加すればいいって言うに決まってる。けど、それはあいつが、そういう悪意に慣れてないからそう言ってるだけで。」 ――なあ、それってさ。  柳瀬の口調がトーンダウンした。 ――涼矢は、そういうことが、今までもあったってこと? 「え?」 ――高村みたいな、悪意をぶつけられるようなこと。 「それは……。」  涼矢は言い淀む。  自分だって、今回の高村の件を除いては、直接的に罵詈雑言を浴びせられたことはない。ただ、それはゲイであることを隠していたからだ。それでも、誰かの噂話やテレビ番組、インターネット等々から差別や揶揄の表現は嫌でも目に耳に入ってきて、心を切り刻んだ。それからエミリや宏樹といった人たちの不用意な一言にも。そこに悪意がないことを知っていても、何も感じないで済む、とはならない。そして何より、家庭教師の死。  今では涼矢のそういった傷を理解してくれている和樹だけれど、和樹は自分のように生きてきたわけではない。LGBTの話題になり、和樹に「俺って"当事者"なのか?」と尋ねられ、答えに窮したこともある。その場は曖昧に答えを濁したが、今もう一度聞かれたら「違う」と答えるだろう。  涼矢は思う。――和樹は、明らかに侮蔑の意味を込めて放たれた「ホモ」と言う言葉に、傷つくのではなく怒った。それは、「自分」に刺さった言葉ではなかったから。和樹は「そう」ではないから。「そう」である俺を傷つける言葉だから、怒ったんだ。 ――言いたくないことは言わなくていいよ。言われても、俺が役立たずだって分かるだけだし。  柳瀬の言葉が理解できず、涼矢は聞き返す。「役立たず?」 ――まあ、俺はそういうの……ゲイを差別するとか? 良くないって思うけどさ、けど、俺にもおまえにも関係ないことだと思ってた。おまえのことだから一人で抱え込んでたりしてたんだろうけど、そういう時に頼りにならなくて悪かったなって。 「別におまえに頼る気ないし。」と涼矢は笑う。 ――そうだろうけどさ。 「おまえも俺に深刻な相談なんかしたことねえだろ。」 ――まあ、確かに。 「いいんじゃないの、それで。……つか、そのほうがいい。それが一番ありがたかった。」 ――ん? 「急に態度変えられたり、変に特別扱いされるほうがしんどい。」

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