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第800話 to the future (8)
――そういうもんなのかもな。俺も初めはびっくりしたけどさ、今は別に、どうとも思わないもんな。どっちかっつと、おまえらみたく遠距離で続いてる奴もいるのに、どうして俺はうまく行かねえのかなあって、そっちが気になるわ。
「何、まだ失恋のショックから立ち直ってないの。」
――ちげえよ、新しい子だよ。まだまだこれからってとこなんだけど、どうもね、まだお互い探り合いって感じで。
「もう次の彼女? なんだよ、柳瀬のくせに。」
――本当におまえは俺に対して失礼だよな。
涼矢はハハッと笑う。「とりあえず、同窓会のこと、サンキュ。」
――ああ。青野の連絡先教えておこうか?
「いや、いい。なんか連絡来たら教えろ。」
――まったく。
「そうだ、ポン太はその後どうなの。」
――まあ、普通に頑張ってるよ。東京の学校行くための金、バイトして貯めてる。学費は確保してあるんだけど、当面の生活費とかいろいろかかるからって。
「ポン太が自分でそんなこと言ってんの?」
――都倉の暮らしぶり見て、考えるところがあったみたいよ。
「へえ。」
――学費は自分の貯金だっての、知ってたか?
「え、そうなの?」
――そうなんだってさ。俺も最近聞いて驚いた。おまえもだけど、親もあいつにだけ甘いよって文句言ったら、ババアがそう言ってた。あいつのバンド、それなりに売れてたみたいでさ。
「すげえな。」
――で、ポン太の奴、CDやグッズで売り上げた金を、そこらの空き缶かなんかにぶち込んで放置してたらしいんだわ。ババアが掃除しようとしてそれ見つけて、結構な額あったから、ついに犯罪に手を染めたかと思って覚悟したって。
「ポン太に悪事が働けるほどの知恵があるとは思えない。」
――だよな。俺もそう言った。騙されて金を巻き上げられることはあっても、人様の金に手を付けるようなことはしないだろって。そしたら母ちゃん、そうだよねえっつって、ポン太と話し合って、バンド活動の売り上げだってのが分かって、そこからあれだよ、確定申告の説明とか始まっちゃって。
涼矢は笑う。「そこかよ。」
――うち、ずっと自営だったから、そういうとこシビアなんだよな。
「で、その金を学費に?」
――そう。
「さすがだな。」
――自分の金でやることなら文句は言えねえし。
「結局あいつが一番先に自立するってわけだ。」
――納得行かねえけど、そういうこと。……そうそう、あいつ、都倉にまで心酔しはじめたぞ。今までおまえのことばっかり持ち上げてたけど、東京行ってからは、俺も早く和樹さんみたいに都会人になりたい、なんて言ってさ。涼矢、気を付けないとポン太に都倉取られるぞ。
「そんなわけない。……でも、ポン太を和樹に取られる可能性はあるな。」
――おまえでも都倉でも構わねえよ、熨斗つけてやるよ、あんなバカ弟。
「そのバカに先越されてちゃ世話ない。」
――おまえもな。
最後は笑いあって電話を切った。
涼矢は久しぶりに和樹以外と長電話をして、少々疲れを覚える。自室から階下のリビングに移動して、冷蔵庫の麦茶を飲んだ。部屋の電気はつけずにいたから、窓から入るわずかな明かりだけで薄暗い。東京の和樹の部屋は窓のすぐ外に街灯があって、遮光カーテンをしないと眩しくてかなわない。だが、仮にその街灯がなくとも、周辺は密集した住宅街で明かりには事欠かない。夜中でもそこそこ明るいはずだ。
ポン太もああいう街で暮らしたいのだろうか。
ミュージシャンなり、ギター職人なりになるのなら、むしろああいう街でなければ「仕事」にはならないだろう。売れに売れて、印税だけで楽隠居できる身分にまで上り詰めれば話は別だけれど。
そうじゃなくても、ポン太のような枠からはみでた奴にとっては、この町は息苦しいだろう。大成するかどうかは分からないけれど、おそらくは都会に出たほうが「らしく」生きられそうだ。
俺はきっと、どこにいても同じだけど。
どこにいても自分は場違いな存在だ、という感覚は拭えそうにない。
哲と出会って、大学は少し息がしやすい場になった。でも、少しだけだ。それにいつかは卒業する。
本当に安らげるのは、深呼吸できるのは、ただひとつ、和樹の隣だけ。
涼矢のいるところが帰る場所だと言ってくれる、和樹の。
薄暗い中でぼんやりたたずんでいると、ポケットに入れておいたスマホがメッセージの受信を知らせた。シンと静まり返った中での通知音はやけに大きく響いて、涼矢は驚いた。発信者は和樹だ。いつもの時間に涼矢からの連絡がないものだから、しびれを切らせたのだろう。
涼矢は自室に戻ってから、メッセージの内容を確認した。案の定、「今忙しい?」という一行がそこにはあった。涼矢はメッセージは返さずに、電話をかけた。
「ごめん、柳瀬と話してた。」
――柳瀬と?
「成人式の時、同窓会みたいの、やるのか聞いた。」
――あ、偶然。俺も今日、学校で成人式の話題した。
「和樹はこっちの式典に出るんだろ?」
――そのつもり。正月に帰省して、そのまま成人式までいて、東京戻る。
「ちゃんとした記念写真とか撮る予定?」
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