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第801話 to the future (9)
――俺はどうでもいいけど、おふくろは撮れって言いそう。兄貴も撮ってたし。あ、もしかしてそういうの、今から予約しないと満員になるのかな。
「どうだろう。女の子は前撮りでもう撮っちゃった子いるけど。」
アリスの娘による撮影で良ければ融通は利く、という話はまだ伏せておいた。
――彩乃ちゃんが……あ、サークルの彩乃ちゃんな、あの子もそんなこと言ってた。女子は大変だな。着物も用意しなきゃならないし。
「和樹も着れば? 羽織袴。」
――嫌だよ。着るって言う奴もいたけど俺はパス。面倒くせえじゃん、その後、同窓会とかやるんなら着替えもしなきゃならない。」
「ああ、なるほど。そういう心配もあるわけだ。」
――みんなには会いたいけど、そういうの考えだすと面倒くさいよな。
「みんなには会いたいんだ?」
――涼矢は会いたくない? ……まあ、その気持ちも分かるけど。変な奴もいるもんな、おまえの大学行った時の、例の、高村とか。
最後の「高村」は涼矢の声と重なった。
「高村だろ? あいつみたいなの、さ。俺、元々は世間ってのはああいうのばっかりだと思ってた。」
――あんなひどいのは滅多にいないだろ。
「いるよ。」被せ気味に涼矢は言う。「……いや、いると思ってたほうが間違いないって言うか。」
――予防線、か。傷つかないための。
「……。」
――でも、今はもう、そうでもないって分かっただろ?
「うん。」涼矢の脳裏には、柳瀬やエミリや千佳や響子といった"理解者"の顔が浮かぶ。「分かったけど……逆に、最近はそういう人ばっかりな気になってて、油断してたんだ、あの時は。……分かってくれる人はいるよ、けど、高村みたいな奴もいる。それも一人二人じゃない。普段はどうしたって気が合う人といることが多いから、見過ごしてるだけで。」
――また出たよ、涼矢くんのマイナス思考。
「そっちはそっちで、ホモ嫌いなんてごく一部で、そういう人だって、ちゃんと話せば理解してくれるって思ってるんだろ?」
つい口をついて出てしまった涼矢の言葉に、和樹がムッとする。その気配は電話越しにも伝わってきて、涼矢は後悔した。
――それ、本気で言ってんの?
怒気をはらんだ言い方で和樹が言う。言い返せないでいるうちに和樹が畳みかけてきた。
――俺だってそう思いたいよ。俺の親は、どうして佐江子さんみたいに。
和樹はそこで話を中断した。言われる筋合いのないことを言われて腹は立っている。だが、やり返したいわけでも、やり込めたいわけでもない。自分の親が、佐江子のように「進んだ」価値観の持ち主ではないのは、涼矢のせいではない。
「悪ぃ。」涼矢が言った。「勢いで言っちゃったけど、和樹のこと、そんな風に思ってないから。」
――うん。
「悪かった。」
――いや、いい。分かってる。
「ごめん。」
――しつこいよ。
和樹は笑ってそう言った。
「あの、さ。」
――今度は何。
「同窓会はあるみたいだけど、それは青野が仕切るんだって。」
――青野が? ……ああ、あいつが学年幹事か。
「知ってたんだ、それ。」
――だって生徒会長だったろ?
「俺、そのシステム自体、知らなかった。生徒会長が幹事をやるっていう。」
――プリントももらったし、謝恩会の時にも説明してたよ。おまえがスルーしてただけ。
「そっか。」涼矢は当時のことを思い出そうとしたが、そういった話は何一つ思い出せなかった。そもそも記憶に留めようともしていなかったはずだ。同窓会など一生出ないつもりだったから。
和樹は覚えていた。
告白されたあの日。涼矢は好きだと告げた後、こんな俺に会うのは嫌だろうから、卒業後はクラス会にもOB会にも参加しない、安心しろ、と一方的に言った。
――涼矢が行かないなら、俺も行かない。
「えっ。」
――同窓会。俺、やっぱりみんなに会いたいよ。俺らがつきあってることを知ってる人にも、知らない人にも会いたい。変な風に噂されるぐらいなら、自分の言葉でちゃんと伝えたい。でも、それと同じぐらい、わざわざそんな場に出向いて言い訳じみたこと言って回る必要もないって気持ちもある。だから、おまえがそうしたいって思うほうに合わせるよ。
そんな無責任な。そう思うが、さっきは自分が柳瀬に向かって似たようなことを言ったのを思い出した。「まだ、先の話だし。その時にまた考えればいい。」そして、柳瀬と同じことを自分が言う。
――柴も来るのかな。
突然和樹が言い出した。
「知らん。」
――綾乃とは別れたんだっけか。他に同学年でつきあってる奴、誰がいたっけ。
「知らんって。」
――おまえはそういう情報、疎そうだもんなあ。
「で、柴がどうした。」
――そういう奴らはさ。今でも続いてるってカップルでも、もう別れちゃったってカップルでも、どんな顔して来るのかなあって。
「それは……続いてるカップルは普通に来るだろうし、別れたカップルなら、別れ方によるんじゃないの。友達に彼女寝取られたってな、顔向けできない相手がいるような別れ方してたら来ないんだろうし。」
――じゃあ、俺らは普通に参加すりゃいいってことだよな。
「いや、違うだろ。その問題はまた別だろ。」
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