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第803話 to the future (11)

「一人で全部抱え込むからさあ。」和樹は努めて明るく言う。 ――そんなことないよ。 「あるって。傷つく時には一緒に傷ついてほしい、なんて言ったくせに。」 ――そもそも傷ついてない。 「泣いたのに?」 ――さ、さっきのは、そんなんじゃないから! 「そんなんじゃなかったら、なんなの。」 ――高村のこと思い出したらムカついて、ちょっと感情的になっただけ。 「意地っ張りだなあ。たまには甘えてくれたっていいと思うんだけど?」 ――いいから、そういうの。 「どうしたら素直になってくれるのかねぇ、涼矢くんは。」 ――俺は素直だ。 「……うん、まあ、素直っちゃ素直だけどさ。」和樹は笑う。「もう少し、可愛気というか。」 ――そんなもん、俺に求めてどうするよ。可愛い要素ないだろ、いっこも。 「そうでもないよ。可愛い時もある。」 ――ないっつの。 「エッチの時とか?」 ――るせえよ、馬鹿。  久々に涼矢の悪態を聞いた気がする。言葉遣いが荒くなるのは、照れるか焦るかしている時の涼矢の癖だ。 「なあ、そういうこと言えるんなら、高村にムカついたって時だって俺に言えばいいんだよ。あいつムカつくって。俺らあいつに何もしてないじゃん、ふざけんなよって。」 ――和樹に言ったって、高村の性格が変わるわけじゃないし。 「でも、ちょっとはスッキリするだろ?」 ――一時しのぎにしかならない。 「黙って一人で抱え込んで悶々としているよりマシだろ。」 ――話に出たから思い出しただけで、普段は忘れてるし、何事もなければそのうち完全に忘れる。人に愚痴ったら却って記憶に残るから。 「だから俺にも言わない?」 ――そう。それに悪い感情って、言葉にすると増殖する。 「増殖?」 ――誰かが誰かの悪口言ってるのを聞かされて気分良くなるってことはないだろ。人の悪意にさらされてこっちの具合まで悪くなるか、一緒になって悪口合戦して悪意がどんどんエスカレートしていくか、どっちかだ。 「うーん。」和樹は思案した。涼矢の言っていることは一理ある気はする。元カノたちはよく悪口を言っていた。ご丁寧に、これは悪口じゃないんだけど、と前置きをつける子もいた。内容は大したことではない。クラスメートのA子は自慢話ばかりだといったものもあれば、不倫をした芸能人の批判もあった。そんなどうでもいいことでも、毎日毎日聞かされれば、確かにげんなりした。いや、一概に「女子特有」と言っていいものでもないだろう。自分だって、たとえば部活で、誰かが態度の悪い後輩を批判しているのに便乗しているうちに、ヒートアップして必要以上に言葉がきつくなってしまった経験はある。そして、涼矢がそういう場面において、一緒になって批判したり批難したりしているのを、見た記憶はない。 ――だったら、さっさと忘れたほうが精神衛生上いい。  そうかもしれない。……でも、と和樹は思う。「でも、忘れてないだろ。」 ――うん? 「高村のことだって、言われれば思い出した。忘れてないだろ。ムカついた記憶は消えてないってことだろ。」 ――あいつの件は、ついこの間のことだから。もっと時間が経てば。 「そうかなあ。すっきりしたら忘れるかもだけど、モヤモヤしたまんま我慢してたら、忘れられないと思うんだよなあ。んで溜め込むだけ溜めこんで、ある日爆発。」 ――ドッカーン? 「そう、ドッカーン。おまえ、そういうとこあるだろ?」  涼矢が押し黙ってしまったのは、身に覚えのある証拠だろう。 「それだったら、小出しにしたほうがいいと思うから。今までは言う相手もいなかったかもしれないけど、今は俺がいるんだから。」  涼矢はまだ黙っている。 「そんなのカッコ悪いと思ってるんだろうけど、おまえ、自分で思ってるほどカッコよくないからね? 愚痴だの悪口だの言ったって、今更幻滅もしないよ。それより、俺にすら吐き出さないで我慢してるほうが嫌だし。」 ――和樹だって。 「うん、だから。俺もそうだから、分かるよ。けどさ……どう言っていいか分かんないけど、こういうこと、おまえに言うべきじゃないかもしれないけど……俺らは、お互いにしか言えないことが、他の人たちより多いかもしれないから。自慢話ばっかする奴がいて、そいつムカつくーって話なら、言える相手はいっぱいいるけど、高村とか、ああいうのはさ、言いたくても言えない相手多いし、言っても共感してもらえないこともあるだろうし。だからせめて、俺たちの間では、共有してもいいと思う。」 ――でも俺、もうそういう気持ちの対処は、ベテランだから。  涼矢は笑ってそう言った。一人で抱え込むことに慣れてしまって、今となっては抱え込んでいる自覚もないし、わざわざ和樹を巻き込んで、負の感情を増幅させる必要はないと思う。一緒に傷ついてほしいとは言ったけれど、日々の愚痴を共有して連帯感を強めたいという意味ではない。

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