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第804話 to the future (12)
和樹は聞こえよがしに溜息をつく。「おまえな、もうちょっと俺の気持ちを考えてくれてもよくない?」
――は?
「あのね、今のおまえの言い方って、一人で充分、俺とか必要ないって言ってるようなもんだよ?」
――そんなこと言ってない。
「言ってるようなもんだ、っつったの。」
――そんなつもりない。
「つもりがなくてもそう聞こえるの。」
――それは、和樹の受け止め方が悪いんだろ。
「なんだと? 腹立つなあ、もう。」和樹はそう言うが怒っている口調ではない。ただ、拗ねている。「俺、成人式行くのやめる。同窓会も。」
――え。
「おまえはおまえの好きにしたらいいよ。」
涼矢は黙りこくった。和樹もそれ以上何も言わなかったから、少々重苦しい沈黙が続いた。
たぶん、試されているのだ、と涼矢は感じた。――今の俺は、何か失言めいたことを言ったのだろう。まあ、それが何かは分かる。なんでも言え、共有しようと言われて、その必要はない、と答えたこと。和樹にしてみれば、一人で考え込む俺に、せっかく差し伸べた手を振り払われて気分がいいはずもない。けれど、だからと言って、和樹に話したところで根本的に解決しないと分かっていることを、グチグチ言いたくない。
――そう。じゃあ、俺も行かない。
「じゃあ、ってなんだよ。俺のせいにすんなよ。」
――成人式も、同窓会も、別に興味ないし。会いたい奴もいないし。
「俺が行くって言えば来るの?」
――俺もいたほうがいいなら。けど、俺と一緒にいたらどうしたって微妙な空気になるだろうし、そういうの嫌だって言うなら行かない。
「ずるいって、その言い方。俺だけが他人 の目を気にしてるみたいじゃんか。」
――言い方も何も、そうなんじゃないの。
「違うだろ。おまえだって気にしてるだろ。自覚ないの?」
――俺は平気だよ。大学でもオープンにしてるし。
「誰彼構わず言ってるわけじゃないって言ってた。あと、ほら、自宅で弁護士事務所開くのは嫌だって。近所の人の目とか気になるって、おまえ、自分で言ってたじゃないか。」
――それは。
言いかけて、その先が言えなくなった。和樹の指摘は正しい。本当は高村のような言動に傷つきもするし、傷つきたくないからカムアウトの相手は選んでいる。
「おまえのほうがオープンにしてて、佐江子さんにしろ響子ちゃんたちにしろ柳瀬にしろ、味方が多いのは分かってるよ。俺のほうは、東京 に来てからの友達にだって、やっと一人二人に言えただけだし、そういうの申し訳ないなとも思ってるよ。」
――そんな風に思う必要は……。
「知ってるよ、おまえいっつもそう言ってくれるし、それが上っ面の言葉じゃないのも知ってる。けどさ、俺はどうしたって負い目に感じるんだよ。だからせめて、おまえが抱えてるもんをちょっとは俺にも分けてよって思ってる、それだけの話だよ。それすら必要ないって言われちゃったら、俺、立場ないだろ。」
涼矢は再び黙りこくる。すべて和樹の言うとおりだと思う。自分が和樹からそんな風に「必要ない存在だ」と突き付けられたら、耐えられない。
「俺なんか、親にすら言えてないんだからさ。」
和樹は最後にぽつりとそう言った。それを聞いて、涼矢はハッとする。
――親にすら、じゃないよ。親だからだよ。
「佐江子さんたちは分かってくれてるじゃん。」
――だ、だってあれは、事故みたいなもんだろ。カムアしようと思ってしたわけじゃないし、うちの親は変わってるからあんな感じだけど、普通は自分の息子がゲイですって言われてすんなり受け入れられないだろ。言いにくくて当たり前だ。
言いながら、涼矢は気付いた。そうだ。そういうことだ。
――だから、成人式のこと、も。
「またそれ?」
――ん。だからさ、俺は確かに人目を気にしてる。つか、気にしてる関係と気にしてない関係がある。学校の友達はいいんだ。俺がゲイでもあいつらの人生には関係ないんだから。けど、近所の人とか親戚とか。そういう人たちに知られたら、変な目で見られるのは親だ。……和樹もそうなんじゃないの。俺は誰にどう思われてもいい。おまえも気にしないとして、でも、親兄弟巻き込むのは嫌だろ?
「でも……いつかは言わなきゃな。そしたら巻き込まないわけにはいかないだろうなって。そう思ってるよ。んで、今聞いてて思ったけど……いつか親に伝えるなら、他人の噂話じゃなくて、自分の口からきちんと伝えたい。その意味では、成人式とかって親も首突っ込んでくるから……あんまり目立つことはしたくない、かも。」さっきまでの強い口調がだんだんと弱々しく変わっていく。
――うん。
「だから、成人式でも同窓会でも行くのはいいとしても、Pランドの時みたいに、自分たちから言うってことはしない………あ、あの時は俺が勝手に暴走しただけだけど。」
――うん。俺もそれがいいと思う。
そこで涼矢は空咳をした。
――和樹のためにだけじゃなくて、俺も、高村みたいな奴を増やしたくないから。あんなことあちこちから言われるようなことになったら、さすがに凹む。
和樹はハッと小さく吹き出した。「もしかしてそれで、俺に弱いとこ晒してみたつもり?」
「一応。」涼矢も笑う。
――そん時は、慰めてやるから、ちゃんと俺に言え。
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