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第812話 Silver(8)

「ミスターの人ですよね。」と誰かが言った。 「数合わせで出ただけで、ミスターにはなってないけど。」と和樹が苦笑した。 「俺、彼に投票した気がする。」とまた別の誰かが言った。 「私も。それがきっかけでこのサークル入ったんだもの。あれ、でも、出たのは宮脇さんじゃなかった?」 「違いますよ、部長は都倉先輩の応援でスピーチしただけ。出場したのは都倉先輩です。」琴音が説明をしてくれる。 「うちのサークル、あの後大変だったんだよ。関係各所に頭を下げて。」和樹が言うと、宮脇は珍しくバツの悪い顔をした。「でも、おかげで話題になったし、表向きはいろいろあったけど、内部的には評判良かったみたい。終わり良ければ総て良し、ってところじゃない?」さっき彩乃から聞いたばかりの話の受け売りだが、それを聞いて宮脇もほっとした様子だ。 「トックンの応援にはなってなかったよねえ。ほんと、申し訳なかった。」 「ううん。俺こそ、こっちの手伝いもするとか言っておきながら、何もしてないなあって今更思い出して。」 「あら、あれ社交辞令じゃなかったの?」 「そんなわけないでしょ。」和樹は笑った。その笑顔を琴音は頬を染めて見つめていることには気付かずに。 「けど、そっちも今が一番忙しいよね。」宮脇にしても、古巣サークルのことだから、大体のスケジュールは把握している。 「まあね。でも俺、ほぼ幽霊部員だから。ミヤちゃんたちは打ち合わせ中だろ? 悪いね、邪魔して。」 「ううん、大丈夫。今日は実質、ただの顔合わせだから。」 「今頃顔合わせ?」 「募集かけて、予想以上に集まってくれたんだけど、どういう風に活動していくのか、コアメンバーの意識のすり合わせもしなきゃだし、具体的に全員で動けるように体制できたのは最近になってからなんだ。うちは、ね、何かしたいとは思ってても顔や名前は明かしたくないって当事者もいたりして、いろいろとね。」  当事者。宮脇が何気なく口にしたその単語が、妙に重く感じられた。そこに並んでいる十数名を見渡す。誰が当事者で誰がそうでないのか、もちろん外見では判断できない。  この中に、ゲイだと名乗り出た学生もいるのだろうか。男女比では若干女性のほうが多そうなのが意外だった。いや、見た目で男だ女だと決めつけること自体、偏見と見なされるのだろうか。和樹はとっさに彼らから視線を外した。急に怖くなったのだ。 ――おまえは何故、部外者のふりをしてるんだ? 何故、何も行動を起こさないんだ?  そんな風に責められている気がした。 「じゃ、じゃあ俺、とりあえずあっちの部室戻るわ。学祭当日は無理かもだけど、準備でなんか手伝えることあったら言って。」 「本気にするよ?」 「だから、社交辞令じゃないってば。」 「よーし、こき使っちゃおう。」 「怖いな、もう。」和樹は苦笑しながらその場を離れた。  角を曲がって、彼らの視界から外れるやいなや、和樹は小走りに近い速さで歩き出す。動悸がした。 ――俺は男と付き合ってるけど、ゲイじゃない。  改めてそんなことを考えた。以前、涼矢とそれについて話したこともある。涼矢以外の男の裸を見て欲情したりはしない。  でも、そんなのは二人が好き合っていればどうでもいいことだ、と思ってきた。今までは。  しかし、いざ「どうでもいいことではない」という「主張」を持った十数名の前にさらされてみると、自分がどうにも無配慮な、ガサツな、鈍感な人間だとつきつけられる気がする。  いや、誰からも責めるようなことは言われていない。むしろ去年のミスターコンテスト出場者、という、ちょっとした有名人がサークルに興味を持っていることに対して、歓迎ムードだった。涼矢とのことを知っているミヤちゃんだって、一言もそれをあてこするようなことは言わない。  和樹は部室に戻り、何やら作業している彩乃の近くに座る。さっきまでやっていた封入作業は終わっていて、今は前日や当日搬入される予定の飲食物の手配をチェックしていた。 「今日、鈴木は?」と和樹は話しかけた。 「ちょっ、黙って。今計算してんの。」彩乃はスマホの電卓アプリを叩きながら、細かな数字を書き出している。 「ごめん。」と、それすらも邪魔になりそうだったからごく小声で言った。  手持ち無沙汰で周りを見渡す。和樹がサボっている間に役割分担が決まったのか、各自黙々と作業している。なんとなく居心地が悪い。宮脇のサークルにしろ、ここにしろ、「やるべきこと」のある人たちに囲まれて、自分だけが宙ぶらりんになった気がする。 「よし、OK。」彩乃は機嫌よく頷く。「計算ぴったり合った。気持ちいいわ。」 「お疲れさん。」 「で、何だっけ? さっき何か話しかけてたよね?」 「俺だけ役立たずで申し訳ない気分になってるとこ。なんかやることある?」 「仕事は自分で探すものよ。指示待ちはダメ。」 「きっつ。」  彩乃はふふ、と笑う。「もうすぐ鈴木くんとナベさん戻ってくるから、運ぶの手伝って。大量のうちわ持ってくるはずだから。」 「うちわ?」 「そう、来場者に配るのよ。」 「うちわって季節じゃないだろ。」学園祭は秋も深まった10月の末だ。

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