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第813話 Silver(9)

「スポンサーのノベルティだもん、仕方ないわ。それに結構役に立つのよ、人気のイベントで人がわーっと集まったりすると、結構蒸し暑くなるから。去年も配ったでしょ。」 「そうだっけ。」 「これだから幽霊部員は。」彩乃がやれやれと言った表情を浮かべる。  間もなくして彩乃の予告通りに、鈴木と渡辺が戻ってきた。大学の裏門に横づけした車から段ボール箱を出し、台車に乗せて部室まで運ぶのを手伝ってくれと声をかけている。彩乃の手前もあり、和樹は率先して手を挙げた。  ひとしきりの肉体労働を終えて、この日のサークル活動は終わりだ。集まっていたメンバーも三々五々帰っていく。うちわを運んできた車は鈴木の車らしい。それに彩乃を乗せて二人で帰ると言うので、和樹は渡辺と二人になった。 「都倉、この後なんか用事あんの。」渡辺が言った。 「いや、別に。バイトもないし。」 「メシ食ってかね?」 「いいよ。」  そんな会話を交わして、部室を出た。どの店に行こうかと二人で言い合っているうちに、和樹はふと気づいた。「渡辺と二人でメシ食うってこと、なかったな。」 「あー、俺、家が近いからな。週末に約束して出かけるとか、打ち上げとかは行くけど、こういう感じでフラッと寄り道ってのはしないんだわ。」 「寄り道って。」小学生じゃあるまいし、と思いながら和樹は笑った。 「今日は俺以外はいなくて、メシは適当に済ませろって言われてるから。」 「俺以外って……あ、妹いるんだっけ。受験生の。」成人式の着物の話で聞いた覚えがある。 「そうそう、姉貴と妹な。姉貴は彼氏と暮らしてて元々いなくて、今日は妹が地方の大学受けるってんで、おふくろと一緒に下見に行ってるんだ。親父は、なんだっけ。何かで遅くなるとか言ってて。」  どこの家も父親の陰は薄い。……いや、涼矢の父親はそうでもないか。 「東京に住んでるのに、わざわざ地方の大学受けるんだ?」自分とは逆の選択に、和樹は少々驚いていた。 「そう。勉強したい分野で有名な大学があるんだってさ。」 「へえ、偉いな。」 「良い子なんだよ、これが。昔から真面目で。姉貴とは正反対。」そう言うと、渡辺は学生御用達の定食屋の前で立ち止まった。「あ、ここ、どうよ?」  和樹も了承して、二人で店に入った。 「俺はミックスフライ定食。……と、サラダ。」野菜も食え、という涼矢の声が響いてそんな注文をしてしまう。  渡辺は豚キムチ定食にマカロニサラダをつけた。「都倉に釣られてサラダ頼んじゃったよ。」などと言っている。  ボリュームと提供スピードに定評のある店だ。あっという間に注文したものが並ぶ。 「マカロニサラダはサラダじゃないよなあ。」渡辺の皿を見て、和樹が言った。 「いや、サラダだろ。サラダってついてる。」 「野菜じゃないって意味で。」 「入ってるじゃん、キュウリとか、コーンとか。」 「ほんの少しな。」 「ダイエット中の女子みたいなこと言ってる。」渡辺が笑う。 「ダイエットはしてないけど、運動はしてるぞ。」 「お、さすが。確かに都倉ってよく見るとガタイ良いよな。ジムかなんか通ってんの?」 「そんな金はないから近所の公園走ったり、家の中で腹筋したり。その程度。」 「毎日? どんぐらい走んの。」 「腹筋背筋は毎日。ランニングはバイトのない日だけ。……てことは、週4か。家出て帰ってくるまでが1時間だから、走ってるのは正味40分ぐらい。」 「すげえじゃん。」 「現役の頃はいくら食っても勝手に痩せていったけど、今はカロリー消費しない生活だし。」 「現役って、何やってたんだっけ。」 「水泳。」 「ああ、なんかバイトしてたよな。スイミングの。」 「そうそう、去年の夏はね。」 「すっげ。」 「すごくないよ、別に。辞めちゃったし。」辞めずに頑張っているエミリの姿がよぎる。 「なんだかこれ食うの、すげえ罪悪感あるわ。」渡辺はマカロニサラダをつまんで、それでも口にそれを放り込む。「俺、運動は全然ダメなんだよな。」 「そうなの? スポーツやってたっぽいけど。」 「全然。スイミングもやったし、サッカー教室にも行かされたけど、ダメだね。あと、ダンス? ヒップホップみたいなやつ。あれもやったけど、俺だけみんなと逆に動いてた。あれは黒歴史だな。」 「興味あったから習ったんじゃないの。」 「姉貴がやりたがったんだよ。で、ついでに俺もって。姉貴はまあまあ上手かったけどね。今もそっち系のインストラクターやってる。」 「そうなんだ。」 「姉貴、へそピとかしてさ。いかにもって感じ。今暮らしてる彼氏もダンサーで。」渡辺はそう言って自分の肩の辺りを指した。「二人してこのへんにお互いの名前のタトゥー入れてんの。彼氏、最初見た時は怖かったよ。話してみたら普通の人だったけど。」 「姉と妹とで随分違いそうだな。」 「うん、もう、正反対。どうしてもっとこう、ちょうどよく、普通に可愛い女子がいないかねえ、うちは。」 「俺の友達にもいるよ。そいつは地味ぃな奴だけど、弟はバンドマンでさ、ピアスじゃらじゃらつけてて、金髪で。」 「同じ親から生まれても違うよな。都倉んとこ、兄弟いるんだっけ。」

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