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第814話 Silver(10)
「兄貴が一人。うちはそこまでのインパクトはないな。兄貴も俺も普通。ま、兄貴のほうが出来は良いんだけどね。でも、その分、顔は俺のほうが良い。」
「自分で言うか。」
「だってみんなそう言うし。」
「みんなって、彼も?」
「ん?」
突然の言葉に、和樹は戸惑った。涼矢とのことは渡辺に打ち明けたには打ち明けたが、その時以来、話題にしたことはほぼない。
「だから、彼もそう言うの? 顔が良いって。」
和樹は思わず周囲を窺った。同じ大学の学生も多い店のこと、誰が聞いているか分からない。念のために小声で言った。「本人曰く、メンクイなんだってよ。」
「あっそ。」渡辺はそう言って笑い、そして、それ以上追及してくることはなかった。「そういや都倉、教職ってどうすんの。」と話題を変える。渡辺も教職課程をとっている。
「どうするって?」
「結構脱落していく奴、いるみたいじゃん。」
「まあ、就活と被るしな。……俺も今、少し悩んでるけど、このまま続けるつもり。おまえは?」
「俺は教員免許取りたいから。」
「先生、目指してる?」
「第一志望は公務員なんだけどさ。」
「都立高の教員?」
「いや、区役所とか市役所とか。」
「あー。安定志向。」
「うん。」
「両立すんの、大変じゃない?」
「大変、だと思う。でもそれはみんな一緒だろ。都倉が言ってたみたいに、一般企業と教職だって両方やんのキツイんだから。……俺は楽なほうだろうけどね。実家住まいだし、バイトに明け暮れる必要もないし。」
「小遣いもらってんの?」
「たまに、金欠の時はね。大抵は月に2回ぐらい引っ越しバイトとかやれば、それで足りちゃう。彼女いたら足りないかもだけどさあ。」最後は自虐的な笑みを浮かべた。
「それはあるよな。遠距離なんか余計に金かかる。」
「交通費だけでもそれなりだろ?」
「うん。バスだと少し安いけど、それでもね。」
「おまえが行くの? 向こうが来るの?」
「向こうが来ることのほうが多いかな。俺が行くのは、帰省になっちゃうから。」
「帰省だとだめなのか?」
「えっと。」自分で蒔いた種だが、少々答えにくい。「帰省だと、お互い実家だし、地元で、知り合いいっぱいいるし。」
渡辺はそれのどこがいけないんだ?とでも言いたそうに、キョトンとしている。しばらくの間が空いて、ようやく「あっ。」と言った。「二人きりになれないのか。」
「うん、まあ、そういうこと。」
「そういうことで困ってみたいもんだわ、俺も。で、彼は」渡辺が話している最中に、和樹は水の入ったコップを少し強めにテーブルに置いた。
「あ、悪ぃ。」
つい、だった。渡辺の口から出てくる「彼」という言葉を遮ってしまった。渡辺はまた一瞬呆気にとられていたが、今回はほんの一瞬だった。「ごめん、こっちこそ。」それから和樹の皿が空になっているのを確かめると「出るか。」と言って立ち上がった。
「さっきの、俺が悪かったから。ごめんな。」店を出てすぐに和樹が言った。
「や、俺が気にしなさすぎだった。都倉、さっきミヤちゃんとこ行くって言ってただろ。だから、なんかさ、そういうのもう、いいのかなって勝手に。」歩き出す渡辺になんとなくついていく形になる。
「そういうのってのは、つまり?」
「ミヤちゃんとも仲良いし、都倉はもう、自分のつきあってる相手の性別とかこだわってないんだろうって。あ、ちょっと違うな。」言いながら渡辺も自分の気持ちを整理しているようだった。「俺がさ、そういうの別にいいじゃんって思ってるから、都倉もそうだろうって思っちゃってた。でも、おまえ、まだ周りには言うつもりないって言ってたもんな。あの店、うちの大学の奴らもよく来てるし、そういうことちゃんと考えて話さなきゃだったよな。悪かったわ、マジで。」
「いや、いいって。」和樹はふと足を止める。一拍遅れて、渡辺も立ち止まった。「な、この後もまだ時間ある?」と和樹が言う。
「あるけど?」
「もう少しつきあえ。お茶ぐらいおごるから。」
「だったらうち来るか?」
「え?」
「うち、こっからなら歩いて行ける距離。誰もいないし、そのほうがいいんだろ? 金使わないで済むしさ。」
「おまえがそれでいいなら、いいけど。」
「いいよ、どっちにしろ自分ち帰るだけだったんだから。特別おもしろいもんもねえけど。」
和樹は引き続き渡辺の後についていくことになった。歩いて行ける距離、と言っていたはずだが、少なくとも10分は歩き続けても渡辺は何も言わない。車社会の地元だったら、これを「歩いて行ける距離」とは表現しないだろうと思いながら歩き続けた。
そこから更に10分以上歩いて、ようやく渡辺は「あそこ。」と顎で示した。
住宅街の一角にある、何の変哲もない一軒家だった。隣家との距離は近いが、オープン外構で、明るい雰囲気だ。
「毎日、大学まで歩いてんの?」と尋ねながら、和樹は玄関で靴を脱ぐ。
「うん。今日は定食屋寄ったから遠回りだけど、まっすぐ行けば30分ぐらいだよ。」
「毎日往復一時間ウォーキングしてると思えば、俺の一日置きのランニングと大差ないな。」
「そう言われればそうか。」渡辺は笑いながら室内へと和樹を促す。
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