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第816話 Silver(12)

「死んだ親父も今の親父もスポーツマンでさ。つか、母親も今でもロッククライミングとかやっちゃう人なんだ。それもあって親は体を鍛えさせたかったらしい。でも、どうもね、俺、体育会系のノリってのが苦手で。あの上下関係が。」 「ああ、どうしてもそういうの、あるよね。大人になってからの趣味なら違うんだろうけど。」 「結局、姉ちゃんは辛うじて体動かすけどダンスだろ? 妹はインドアの理系女子(リケジョ)で、俺もいまいちだから、きょうだい3人とも親の希望とは違っちゃった感じ。」 「そんなもんだろ。」 「ここだけの話だけど、俺、結構ガチで警察官になろうと思ってたんだ。剣道も役に立つしさ。」渡辺は自分の賞状を見上げた。 「モロに体育会系だろ、ああいう仕事。」 「だと思う。でも、母親に猛反対された。」 「なんで?」 「殉職するかもしれない仕事はやめてほしいってさ。」  和樹は黙るほかなかった。渡辺は初恋の相手も病気で亡くしている。涼矢も初恋の人を喪っていて、それから若くして亡くなった叔父さんもいたはずだ。近しい存在が亡くなったことのない和樹にしてみれば、死というものはあまりにも遠くて、涼矢や渡辺の心情は計り知れない。 「そんな顔しなくていいから。」渡辺は自分よりも辛そうにしょんぼりとうなだれる和樹を見て、笑った。「本当にさ、俺にとっちゃ今の父親が父親だし、実の親父の写真とか見ても、辛いとか悲しいとかないんだ。妹なんかおふくろのお腹の中にいた時だから。……でも、おふくろはキツイよな。まだチビっこい姉貴と俺とでっかい腹抱えて、未亡人になって。そんな経験してりゃ、そりゃ息子にそういう仕事就いてほしくないだろうってね、理解できちゃった。それで警察官は諦めた。でも、そしたら剣道もやる気なくなって、んで、辞めた。」 「それが中3?」和樹は一番新しいであろう賞状を見た。 「そう。高校に入ってからは一度も竹刀握ってない。」 「もったいない気もするけど……。」和樹は自分で口にした「中3」という学年にひっかかりを感じる。「辞めた理由って、そのことだけ?」  渡辺はちらりと和樹を見て、すぐに伏し目がちになった。無理に微笑むように口角を上げてから、「そう、例のね、初カノのこともあった。彼女は絶対、高校でも剣道部に入ると思ってただろうなあ。」と言った。後半は独り言のような呟き声だ。 「何部でも、楽しんでたならいいんじゃない。高校楽しんでくれって言ってくれてたんだろ?」 「ハハ、でも俺、帰宅部だった。やりたいこと、なぁんにも見つかんなくて。一年ぐらいかかったかな、いろいろ、立ち直るのに。でもその頃はもう高二も後半で、そこから入部するったってちょっと無理だろ。あ、俺、そんなだったから成績もズタボロだったわけよ。帰宅部で成績底辺で、進級もヤバイってレベル。だからとりあえず受験勉強した。それぐらいしかやれることなくて。で、現在に至る。」  母親のために諦めた夢。二度と会えない彼女。そんなことが一五、六歳の身の上に降りかかってきたなら抜け殻のような高校生活になったって仕方がない、と和樹は思った。一年で立ち直れたなら大したものだ。 ――涼矢はもっと長いこと、苦しんでたはずだ。  そんなことを比較したって意味がないのは承知の上で、それでも、ついそんなことまで思ってしまう。 「あーあ。」と渡辺が欠伸のような声を出した。「都倉の話につきあうはずが、すっかり俺の自分語りじゃん。だっせえ。」へらへらとした、いつもの笑みを浮かべる。 「ださくない。」和樹はようやくペットボトルを開けた。常温に近くなってしまったサイダーを飲む。「だからおまえ、サークル頑張ってんだな。鈴木みたいに次期部長候補ならともかく、そのサポートなんかしたって、何の恩恵もないのによくやるよと思ってたけど。」 「そういうこと。あと、あいつ、一緒にいて楽だし。」 「鈴木が?」 「うん。」 「気が合う?」 「うん。」  和樹はどうしてだかしっくり来ない気がした。確かに二人はよく一緒に行動しているし、サークルの仕事も阿吽の呼吸でやっているように見える。だが、気が合う親友、と言うにはどこか他人行儀に見える瞬間がある。たとえて言うなら、涼矢と奏多みたいな関係。涼矢と柳瀬との間にはない、ちょっとした緊張感のようなものが垣間見えるのだ。  だが、具体的にそんな違和感を覚える場面を思い出そうとしても思いつかない。ただひとつだけ気になることはあった。 「彩乃ちゃんとつきあってるってこと、知らされてなかったよな?」 「え? ああ、そうそう、去年の学祭ん時に聞かされた。あの時、都倉もいたよな? ほんと、ひっでえよな。俺が川崎さんをライブに誘った時にはもうつきあってたわけだろ?」

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