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第817話 Silver(13)

「渡辺が知らなかったってさ。二人がつきあうより、そっちにびっくりした。ホントに仲良いのかよ?」 「まあね、鈴木って大騒ぎはしないけど、静かに猪突猛進するタイプだろ?」渡辺は素早く腕を伸ばし、「猪突猛進」を強調した。 「真面目ってこと?」 「んー、真面目ったら真面目だけど、そうじゃなくて。あいつはさ、周りの雑音に振り回されないんだ。部長に言われたからやるとか、ルールにそう書いてあるから禁止とかじゃなくて、自分が正しいと思ったらやる、ダメなことはしない。川崎さんの件も、俺に内緒にしたいとかじゃなくて、言う必要ないと思ったから何も言わなかっただけなんだよな。俺さ、都倉には川崎さんのこと狙ってない?って聞いたけど、鈴木と二人だとそんなん話題にもしないし、奴ぁ俺が誰が好きとか、気にも留めてない。」 「なんか。」和樹は少し笑ってしまう。「鈴木に片想いしてるみたいだな。」 「ちげえわ。」渡辺は笑う。「そしたら俺、川崎さんにも鈴木にも振られてるじゃねえか。」 「かわいそうに。」 「慰めんな、余計悲しいわ。」 「ま、そのうち良い子が現れるって。」 「またまたそんな、他人事だと思って。……で、おまえんとこはどうなのよ。」 「うわ、こっちに振ってきた。」 「おまえがしたかったのはその話じゃないの?」 「その話じゃないよ、就職の話。」 「さっきしたじゃん。」 「そう。だからもう、いいや。」 「いいのかよ。」 「……俺はねえ、ダメな子なんだよ。」 「はあ?」渡辺は素っ頓狂な高い声を出す。 「鈴木にしてもおまえにしても、ちゃんとそうやって考えてるだろ。あいつもそう。」 「彼氏は何やりたい人なの。」 「弁護士。」 「ほう、それはそれは。」 「俺んち、兄貴が教師でさ。」 「ああ、それで教職。」 「それもある。あるんだけど、そう思われるの嫌で。」 「なんで?」 「兄貴の真似してるみたいだから。ずっとそれ避けてたのに。」 「仲悪いのか?」 「別に、悪くはない。良いほうじゃないかな。」 「じゃあ、良いじゃん。」 「そう。良いんだよ。俺が教師目指してるつったって、誰もとやかく言わないに決まってる。兄貴も含めて。俺だけが気にしてる。……兄貴は優等生なんだよ。それこそ、親の理想の息子で。しかも俺にも優しい。」 「理想の息子で、理想の兄貴。」 「永遠に超えられる気がしない。」  渡辺が笑った。「いいね、その、都倉の卑屈で弱気な感じ。」 「おまえは俺が弱ってると喜ぶよな?」涼矢と気持ちが遠く離れてしまっていたあの数日間。あの時も弱音を吐いたら、こんな風に笑った渡辺だ。正直腹立たしかったけれど、その後の話を聞けば、それも渡辺なりの気遣いだったようにも思えてくる。弱さを見せたっていいのだ、という。 「彼氏には言わないわけ? そういう話。」 「弱音は吐きたくないからね。……でも、教師目指してること自体は、悪く思ってないみたいだ。」 「弁護士と教師のカップルか……息詰まりそう。」 「役人目指してる奴が何を言う。」 「俺が目指してるのは霞が関でも永田町でもなくて、しがない町役場のおじさんだから。一日中ハンコ押してるだけの給料泥棒みたいな奴。」 「いやいや、それだけ大量にハンコ押す書類があるってことは責任者なんだから、課長とか部長とか、偉い肩書の人がやるんじゃない? まずはその地位まで出世しなきゃならないぜ?」 「都倉って時々妙に現実的だよなあ。そんな顔して。」 「顔は関係ねえだろ。」 「で、なんだっけ? つきあってる相手がメンクイだって? そんなこと言いそうにない人に見えたけど、意外だな。」 「覚えてんの、あいつのこと?」 「だって二度も会ったし。」  その「二度」とはバーベキューの時と、キャンパスを案内した時だ。大学で出くわした時にも、渡辺は鈴木の手伝いをしていて一緒にいた。 「会ったってほどじゃないだろ。」どちらも鈴木のほうが前面にいて、挨拶程度だったはずだ。 「同じ釜の飯を食えば友達だもーん。」軽い口調で渡辺は言う。「そういや彼、料理めっちゃ上手くなかった?」 「まあ、うん。料理好きみたいで。」 「え、じゃあ、東京来た時は彼が手料理振るまってくれたりすんの?」 「……そう、だけど。悪いかよ。」和樹は急に照れくさくなる。涼矢の話題であることもそうだし、恋人に料理を作ってもらうというシチュエーションに対しても。 「悪くないじゃん、最高じゃん。下手な彼女より良いな、それ。」 「下手な彼女って……。」 「あ、田崎氏がどうってことではなくて。女の子が料理下手だったり、汚部屋住人だったりしたらちょっと引くだろ。いくら顔が可愛くてもさ。」 「おまえは可愛ければ誰でもいいんじゃなかったの?」 「誰でもってことはないっつの、俺が都倉に良いよねって言ってたのは川崎さんと茅野さんだけだろ。」 「ミヤちゃんところの新入生のことも言ってた。」 「は? ……ああ、いたなあ、そんな子も。でもあれはそれこそ顔が可愛いってだけで、川崎さんと茅野さんはそれだけじゃなくて、性格もいいし。」 「でも料理できないって。」 「誰が。」 「川崎彩乃。」フルネームでわざわざ言ったのは、無意識に「川島綾乃」と区別するためだったかもしれない。

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