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第818話 Silver(14)

「うっそ。誰が言ってた? 鈴木?」 「彩乃ちゃん本人。」 「じゃあ謙遜だろ。肉じゃがぐらいは作れるだろ。」 「おまえは作れるの?」 「肉じゃが? どうだろ、家庭科で作ったことがあるような気はするけど……大抵、皿洗い担当だったからなあ。」 「似たようなものかもよ? 彼女、ああ見えて不器用っつうか、ぶつかったりコケたりでしょっちゅう怪我してるから、身内にも料理は危ないって止められてるんだって。」 「それがホントだったらちょっと残念だな。ま、困るのは鈴木だからいいけど。」  和樹は渡辺の顔をじっと見た。ひるんだのは渡辺のほうだ。「な、なんだよ。」と言いながら、何か気になるものでもあるのかと周りを見回した。 「俺もおんなじ反応したんだよ、今日。彩乃ちゃんとその話した時。鈴木が苦労するねって。」 「それが?」 「なんで、って言い返された。作りたきゃ自分で作ればいいってさ。」 「えー、でも、やっぱそこは彼女に作ってほしいじゃんよ。そんな凝ったもんじゃなくてもいいから、恋人が俺のために作ってくれるってのが大事なわけで。」 ――そんなに凝ったもんじゃなくてもいいから、俺のために作ってくれるのが大事。それなら、涼矢は「完璧な恋人」だ。俺にしてみれば充分凝った料理の数々を作る。一人だとリンゴ一個で一日の食事を済ませてしまうらしいけれど、「俺のために」だったらリクエストにだって応えてくれるし、栄養バランスだって考えてくれるし、俺一人でも作れそうな料理も教えてくれる。 「おい。聞いてんのかよ。」渡辺の声で我に返った。 「……料理は、作れたほうがいい。」 「はあ?」 「金も稼げたほうがいい。」 「何の話だよ。」 「好きな子が自分のために何かしてくれるのは、すげえ嬉しいけど、もらいっぱなしって嫌だろ?」 「だから俺も肉じゃが作ってやれってか? それは適材適所でいいと思うけどな。俺が苦労してマズイもん作るより、得意な人が作ったほうが。」 「俺、入院しただろ、春休みん時。」 「今日の都倉は話が飛ぶなあ。」 「飛んでねえよ。その時、手続とかで兄貴が来てくれたんだ。んで、兄貴もそんなに料理らしい料理はできないからさ、退院した後の最初の食事がコンビニ弁当で。」 「コンビニ弁当なんか病み上がりに食うもんでもないだろ。」 「一応気を使って、揚げ物は避けて焼き魚の弁当にはしてくれたけどさ。こんな時、涼矢なら……つきあってる奴な、あいつなら、おかゆとかうどんとか、そういうの作ってくれるんだろうなって。いや、それもだけど、それより、病気になったのがあいつほうだったら、俺だってせいぜいレトルトおかゆ買うぐらいしかしてやれないんだって気付いて。」 「それは……でも、レトルトおかゆでもいいじゃん。」 「涼矢だったら、その時の体調とか、好みとか、玉子入れるとか入れないとか、そういうのちゃんと対応してくれる。そういう奴。」 「お母さんみたいだな。うちのおふくろはめんどくさいって言って、普通にレトルト買ってきそうだけど。……でも、まあ、確かに小さい頃は俺、ネギ苦手だったし、うどんもおかゆもあんまり好きじゃなくて、すいとんみたいの作ってもらってたわ。」 「すいとんて、戦後食べてた、だんごみたいな。」和樹は昔のドラマなどでしか見たことがない。 「そうそう。小麦粉練って、汁に入れて。具合悪くてもそれなら食えたんだ。そういや、何故かそれ作るのは親父の役目だったな。あ、今の親父な。」 「それって愛なわけじゃん?」 「お、直球。」 「うん。でも、そうなんだと思ったんだよ。涼矢に何食べたい?とか聞かれると、あー俺、愛されてんなーって思うし。せめて寝込んでる時ぐらいは、俺だってあいつ優先にして、好きなものなんでも作って食わせてやりたい、とか思ったりして。」 「あ、それで自分でも料理はすべきっていう話につながる、と。」 「そう。毎日フレンチフルコースを作りたいわけじゃない。相手が心身参っている時ぐらい、思いっきり優しくしてやりたいってだけの話。」 「ああ、それは愛だねえ。」渡辺はわざとらしく大袈裟に頷いた。「でも。都倉の言いたいことは分かるけど、限度ってあるだろ。彼がどんなに料理上手でも作れないものはあるだろうし、金だって際限なくかけられないじゃん? そしたら、できることを一生懸命やればいいと思う。親父がすいとん作ってくれたのは嬉しいけど、もし作れなくてレトルトのおかゆ買って来ても、それがその人の精一杯だったら充分ありがたいと思うし。」 「だから、相手に精一杯を期待するんじゃなくて、自分が精一杯やってやりたいし、その精一杯の幅を広げたいってことだよ。」 「はあ、なるほど。」渡辺がまた頷き、それから「おまえって結構情熱的なんだな。」と笑った。

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