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第819話 Silver(15)

 情熱的。水泳をやっていた頃は、「体育会系」という意味で「熱い男」と言われたことはある。でも、どんなにモテても不思議と恋愛においては反対のことばかり言われてきた。歴代の彼女に振られた時だって、みんな口を揃えて言ったものだ。 ――都倉くんて、私のことどうでもいいって思ってるよね。 ――和樹は冷たい。人の気持ちを考えてくれない。 ――カズくんに好きになってもらえるように頑張ったけど、もう無理。 ――つきあっていても、ずっと片想いしてるみたいで辛かった。  そんなはずがないだろうと不満だった。でも、今になってみれば彼女たちが正しかったと思う。 「俺、高校時代はまあまあモテてさ。」  突然の和樹のそんな言葉に、渡辺はふざけてファイティングボーズをしてみせた。「おいコラ、喧嘩売ってんのか?」 「でも、最初の告白は振られたんだ。それは中学の時。それで、自分から告るのは怖くなってやめたんだけど、ありがたいことに好きだって言ってくれる子はいて。」 「あー、はいはい。」 「俺もいいなって思ってた子から言われたら、つきあうよね。」 「だろうね。」 「可愛いなって思ったし、良い子で、好きだと思ったからつきあったんだよ、その時は。やることやってたしさ。でも、今、本当の本当に好きだったかって言われると、少し違ったかもって思うんだ。」 「今の彼氏は違う、と?」 「違う、と思う。」 「うーん。」渡辺はおもむろに立ち上がり、窓辺に立った。近くの棚から煙草と灰皿を出す。「平気? 窓は一応開けるけど。」 「おまえ、吸うんだっけ?」 「たまにね。外は吸えるところ探すほうが大変だし、あっちで吸うと姉貴も妹もすげえ怒るからここでだけ。」渡辺はドアの向こうにあるリビングを目線で示す。それから予告通り窓を開け、煙草に火を点ける。ふう、と窓の外に向かって煙を吐き出すと、灰皿を手にして立ったまま、和樹のほうを向き直った。和樹は床に座っているから、見おろす形になる。「それってのは、相手が男だから勝手が違う……ってのとは、違うの? おまえ、田崎氏とつきあうまでは女の子専門だったんだろ?」  田崎氏、と言う呼び名は、心の中で涼矢の父親を表す時に使っていたから、どうも落ち着かない。だが、そんなことを渡辺に言ったところで意味もない。 「そうだな。自分が男と付き合うなんて、全然、まったく、考えたこともなかった。」 「そのへんの目新しさを勘違いしてるってことは?」 「勘違い……?」 「恋愛って、不倫とか、年の差とか、親に反対されている相手とか、そういう障害があればあるほど燃え上がるとこあるわけじゃん? みんなを敵に回しても真実の愛を貫くんだ、なんてね。」 「俺たちもそうだって?」 「いや、分かんないよ、そこは。おまえらがそれでいいならいいんじゃないの。俺だってさ、例の死んじゃった彼女のこと、人に言って理解されるとも思ってないけど、誰に何と言われようと、やっぱり俺にとってはあれが俺の初恋だし、初カノだし。」 「その後、つきあった子はいないの?」 「だめだねえ。出会いはあるんだけど、二、三回会うと自然消滅。」渡辺が左手の灰皿に右手で煙草を押し当て、消した。「結局、初恋の相手が忘れられないんだよ、男ってのは。」そう言って苦笑する。「それもあんな風に終わっちゃったから、余計美化される一方。それと比較されるほうはたまったもんじゃないよね。」 「初恋ねえ。」  和樹は我が身を振り返る。恋はした。たった今渡辺に話した通り、何人かとつきあった。でも、おかゆをつくってやりたいと思ったのは涼矢だけだ。渡辺のことを責められない。自分だって、「彼女」にはあらゆる期待をして、尽くさせて、それが当たり前だと思っていた。俺を好きならそのぐらいしてくれるだろうと、相手に求めてばかりいた。それに対しては、誕生日やクリスマスにご機嫌取りのアクセサリーをあげれば済むと思っていた。それが愛だと思っていた。 「今までさんざん女の子とつきあっておいて、実は田崎氏が初恋でーすなんて言い出したらぶっ飛ばすからな。」渡辺は二本目の煙草を出そうして、気が変わったのかすぐそれを戻して、更に灰皿ごと棚に戻した。 「あ、ちょっと言いたくなってたとこ。」和樹が笑う。 「なーにが今更初恋だよ、聞いたぞ、さっき、なにげにつらつら話してたけど、元カノたちとはやることやってたって。」 「そりゃそうだろ、つきあってたんだから。あ、もしかしておまえ。」  被せるように渡辺が言う。「うっせえな、言っとくけど童貞じゃねえかんな。」  それに負けじと、すかさず和樹が言った。「素人童貞じゃねえの?」  一瞬言葉を詰まらせたせいで、渡辺の負けだった。「いいとこまで行くんだよ、けどさ、いよいよ次のデートでは決めるぞ、ってなると振られるんだよなあ。なんなの、あれ。」 「その鼻息の荒さが伝わるからだろ。」 「あー、くそ、ムカつく。」和樹を罵倒しながらも、渡辺はその和樹の正面に陣取ってあぐらをかいた。「で、その女の子たちより、良かったりするわけ?」

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