821 / 1020

第821話 Silver(17)

「お、のろけが始まりましたか。」 「はは、そうかもな。」和樹は腕を天井に向けて突き出し、指折り数え始めた。「まず、優しいだろ? それから料理が上手い。頭も良い。あいつな、成績優秀だからって大学で特待生なんだよ。あと、スポーツもできる。元々は同じ水泳部で、俺のライバルだった。まあ、水泳以外は俺のほうが運動神経良かったけどね。」 「共通の趣味はないの? 水泳部だったってだけ?」 「そうだなぁ、あっちは絵が好きだけど、俺、あんまりそういうの興味ないし。あ、でも、音楽と漫画の趣味は割と被ってる。」 「そういや好きだって言ってたもんな。俺が川崎さん誘ったバンド。彼氏も好きなの?」 「うん。……いや、そうでもないか。俺に合わせて言ってるだけかも。」 「都倉に合わせて?」 「そ。最初は……その、ただの部活仲間だった頃、俺の気を引くために漫画買ってたらしいから。」 「何それ、パシリ?」 「そんなことしねえよ、好きな漫画の話してたら、新刊持ってるって言うから、貸してもらったんだ。でも、あとから聞いたらそれ、その会話した後に慌てて買ったんだってさ。」 「結果的にはパシリだ。」 「違うって。あいつはそうやって俺に話しかける口実をだな。」そこまで言って和樹は言葉を詰まらせた。  そうだ、そうやって涼矢は、俺への淡い想いを。いや、そう淡くもない激しい感情を胸の底に押し込んで、ほんの一言二言の他愛ない会話のためだけに大して興味もない漫画を買ったりCDを聴いたりして、それを大事に記憶に留めて、そして、そのままこの恋を封印するつもりだったのだ。誰にも知らせず、俺にすら伝えずに。 ――あの日、涼矢が告白してこなかったら。 「……好きって言うのは、勇気が要るもんなんだな。」和樹はぽつりと呟いた。 「なんだよ、急に。」 「おまえ、彩乃ちゃんや舞子ちゃんに好きですって言った?」 「言ってないけど、ライブにも誘ったりしてるんだし、分かるだろ。」 「でも、はっきりとは言ってないんだろ? それはさ、告る前からどうせダメだと思ってるんじゃない?」 「まあな。俺だって自分があの子たちに釣り合わないのは分かってるし。それに、マジに告って振られたらサークルに顔出しづらくなるだろ。これだけ態度に出していれば、向こうにその気がありゃアクションしてくるだろうし。ま、今現在ないってことは脈なしだ。……って言わせんなよ、辛いわ。」 「言わなきゃ分かんないよ。言葉にして伝えないと。そんな風に予防線張ってるから、向こうだって本気だと思わないんじゃないの。」和樹は渡辺の真似をして座布団を胸に抱いてみた。なんだか落ち着く。「捨て身の本気ってのは、やっぱ、強えよなあ。」 「それは彼のこと?」 「ああ。あいつから告られた時、何が何だか分かんなかったけど、本気なのは分かった。冗談になんかできなかった。その時は付き合う気なんかなかったし、けど、あいつの気持ちに見合った何かは返さなくちゃって思った。それでめちゃくちゃ考えた、あいつのこと。」 「考えた結果、男とつきあう決断したのがすげえよな。」 「さすがにそんな、すんなり行ったわけじゃないよ。例の優秀な兄貴がさ、正面から向き合ってやれ、なんて言うから。」 「え、お兄さんに言ったの? 俺絶対姉貴にそんなこと言えねえ。絶対イジられる。」 「最初は男に告白されたとは言わないでいたんだよ。けど、話の流れで言っちゃって。そしたら、余計に勇気の要る告白だっただろうって。決死の覚悟で告白してきた奴を、半端な同情で傷つけたらダメだって言われた。兄貴、俺以上に熱い男なもんで。」 「じゃあ、お兄さんも知ってるんだ? 今の状況。」 「ああ。でも理解してるかって言うと、違うかな。」 「いや、充分だろ。」 「ん……。」和樹は胸の座布団を赤ん坊でも抱くようにぎゅっと抱いた。「難しいよね。そういう、偏見つうか、先入観つうか、その人の常識つうか、そういうの覆すってのは。」 「偏見? でも、本気で向き合ってやれって言ってくれたんだろ?」 「本気で向き合って、きちんと断れって意味だったんだよ。でも、蓋開けたらつきあっちゃってたから、驚いたと思う。」 「なんか言われたりすんのか?」 「うーん。口ではね、理解してる風なこと言うけど……一回、ヤバイとこ見られて。その時、正直、気持ち悪いって言われた。」 「ヤバイって、その、真っ最中とか?」 「いやいや、そこまでじゃない。けど、一緒の布団に寝てたし、なんつか、半裸で抱き合ってた的な状況で。……同じことしてても相手が女の子だったらそうは思わなかったって。」 「そもそも、なんでその状況をお兄さんに見られるんだよ。」 「俺んちに泊まったんだよ。兄貴の部屋のほうが広いからそっち借りて二人で寝て、翌朝、兄貴がうっかりいつもの癖で自分の部屋を開けちゃった。」 「……半裸で抱き合うようなことを、実家の、お兄さんの部屋で?」 「まあ、そうっすな。」 「それはおまえが悪いだろ。」 「そこはね、うん、俺だね。」 「実家はマズいだろ。」 「分かったっつの、仕方ないだろ、そうなっちゃったんだから。」

ともだちにシェアしよう!