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第822話 Silver(18)

「だから、なんでそうなっちゃうんだっつの。実家で家族もいるとこでよくそういう気になれるよな。」 「いつもはあいつん家なんだよ。あっちは親いないこと多いし、あいつの部屋だけ2階で、バレにくいから。」 「ホテル行きゃいいだろ。」 「毎回行けるかよ、いくらかかるんだよ。」 「どんだけヤる気だよ。」 「俺ら滅多に会えないんだからさ、たまに会えた時ぐらい、そうなっちゃうだろ。」 「知らねえわ、おまえみたいに乱れた生活したことねえもの。」 「でも、想像してみろよ、好きな相手と好きなだけヤれるとしたらヤるだろ、時間の許す限り。」 「ヤるな。それはヤる。」 「そういうことだよ。」 「そういうことなのか? それが実家でもヤっちゃうことにつながるか?」 「それは事故だよ、事故。部屋の鍵かけてたし、その鍵が壊れてるとは思わねえだろ。兄貴だけ壊れてるの知ってて、急に開けちゃったんだよ。」 「気まずいな。」 「気まずいどころじゃねえよ。……まあ、親じゃなくてまだよかったけど。親にはまだ言ってないからさ。」 「バレてたとしても親はアウトだな。」 「涼矢の親にはバレてるんだけどね。」 「マジか。」 「マジ。」 「それも部屋にいきなり来て目撃された?」 「近いもんはあるな。その時は俺があっちの家に泊まって、親は泊まりの出張って聞いてたから、安心してパンイチでウロウロしてたら、お母さんが急に帰ってきてさ。」 「でも、それは適当にシャワー借りようとしてたところだとかなんとか、誤魔化せそうだけど?」 「あー……うん。」 「何?」  和樹は座布団を抱いたまま、ゴロゴロと体を転がした。 「なんだよ、それ。可愛いつもりか。」渡辺がからかう。 「違う違う。」和樹は動きを止め座布団を手放すと、自分の胸の辺りを指さした。「だからね、こういうとこに、いわゆる、あれよ。そういう跡がね。」 「キスマーク?」 「まあ、そうとも言うよね。」 「それ以外になんて言うんだよ。」 「そういった感じでバレて、んで、すげえのがさ、その直後にお母さん、涼矢の部屋に行って、何したと思う?」 「問い詰めた?」 「いやいや、ゴミ箱チェック。」 「ゴミ箱て……まさか。」 「まさかだよ。んで、まんまとあるわけよ、証拠が。そんなもん見ると思わねえもん、あからさまにさ。」 「きっつう。」 「もう、マジで、死ぬかと思った。それまでの人生が走馬灯のように巡った。」 「親のほうがぶっ倒れんじゃないの。息子がさ、そんな。」 「それが全然違ってて。なんつったと思う? 男同士でも病気の心配とかあるから、ちゃんとコンドームは使えだと。」 「お母さんが?」 「そう。」 「どういう母親だよ、それ。」 「そういうお母さんなの。弁護士しててさ、仕事ができる大人って感じ。ちょっと変わってるし厳しいところもあるけど、気さくで良い人だよ。何より俺らのこと受けて入れてくれてる。」 「へえ。良かったじゃん。」 「うん。良かった……んだろうな。」  渡辺はチラリと和樹を見る。そこに浮かぶ表情が「良かった」とは程遠いのを見ると、起き上がって、あぐらをかいた。「彼氏のお母さんに認められてて、良くないことでもあんの?」 「……。」和樹は佐江子に思いを馳せる。一人息子がゲイであることをすんなりと受け入れた人。頭が良くて、サバサバしていて、格好いい女性。俺たちのことを知った時には、俺に「涼矢を傷つけることはしないで」と言った。その後には「涼矢を好きになってくれてありがとう」と言った。彼女はいつも涼矢のことを気にかけ、愛してる。母親なんだから当たり前だろうと言うなら、俺の母親はどうだろう。「うちは、理解してもらうなんてまだまだ無理っぽくて。」 「そっか。でも、それが普通のお母さんだろうな。」 「涼矢んちは、父親もだよ。両親とも俺たちのこと知ってる。それってすげえありがたいことなんだと思う。少なくとも、片方の親には嘘つかなくていい。」  和樹は、自分の言葉に傷ついた。――そう、俺は、自分の親には「嘘」をついている。帰省の度に嘘をついて涼矢の部屋に泊まり、彼女のことを聞かれてははぐらかし、東京の部屋に涼矢が半月滞在したって内緒にしている。 「嘘、か。」 「ん。それがたまにしんどくなる。向こうは親に理解してもらえて羨ましいっつか。俺はつきたくもない嘘つかなきゃならないのに、ってさ。でも、本当のことを言うのが常に正しいわけじゃないし。」後半は涼矢の言葉の受け売りだ。 「そうだな。難しいところだな。相手のためにつく嘘ってあるもんな。本当のことぶちまけたって、楽になるのは自分だけで……いや、相手が傷ついたの見たら結局自分だって傷つくんだから、誰も幸せにはならないんだよな。だったら嘘ついても守ってやるほうが大事、みたいな。」

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