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第823話 Silver(19)
渡辺にもそんな経験があるのか、と和樹は驚きを交えて思う。一見チャラチャラとしていて、言動も不躾でデリカシーのない渡辺。だが、病床の幼馴染との思い出の中には、そういうこともあったのだろうと思い直した。それから渡辺に申し訳ない、と思った。外見で判断される不愉快さは自分も知っている。
「いつかは言いたいと思ってるんだ。親にも、どんな友達にも。でも、今じゃないって思うし、そう思うと今度はただの逃げじゃないのか?って気がしてきてさ、ぐるぐるしちゃう。」
「んー。」渡辺が考え込む。そんな風に真剣にこの話題を受け止めるのも意外だった。「ま、言っちゃった言葉は取り消せないんだから、はっきり言いたくなるまでは言わないほうがいいんじゃねえの。自分ひとりのことでもないし。」
「だよね。」和樹も上半身を起こした。「おまえとこういう話できるようになっただけでも、楽にはなったんだ。言いたくないけど、サンキュ。」
「なんで言いたくねえんだよ。」渡辺が苦笑する。
「この俺が渡辺ごときに。」和樹は腕組みをしてふんぞりかえってみせる。
「何様だっつの。」渡辺はそう言うと突然、和樹を上から下まで品定めするように見た。
「なんだよ。」
「や、どっから見ても男だなあと。」
「そりゃそうだ。」
「で、あっちもそうだろ?」
「……何が言いたい。」
「いくら都倉がイケメンでも、俺はその気になれねえな。」
「何言ってんだよ、俺だっておまえ相手にどうもしねえっつの。」
「だよな。今おまえに変な気起こされたら貞操の危機だ。」
「剣道有段者だろ。」
「竹刀があれば勝てると思うけど素手じゃ無理だ。おまえなにげにマッチョだし。」
「キープするのもなかなか大変っすよ。」
「そういう努力も彼氏のためだったり?」
「それもある。あいつ俺の背筋好きなんだって。」
「なんだよそれ。」渡辺が大笑いした。「初めて聞くわ、背筋好きって。やっぱ目のつけどころが違うんかね。」
「最近は女の子も言うじゃん、細マッチョがいいとかさ。アイドルがTシャツまくって汗拭く時に腹筋チラ見えしたらキャーキャー言うし。」
「え、そうなん? じゃ俺も腹筋頑張ろ。」
「ゲンキンな奴だな。」
「彼氏がそんなこと言うってのはさ、やっぱその、都倉が男役っていうか……なの?」
「タカラヅカじゃないんだから、男役って。」
「あるんだろ、そういう。なんだっけ……あ、そうそう、タチとかネコとか。」
「それ聞いてどうすんの。」
「聞いてみたいだけ。」
「……。」マキや宮野に聞かれたのなら腹が立ち、何かしらの反撃をするところだが、渡辺に聞かれる分にはそう不愉快でもないのが不思議だった。「どっちっつうのは、ないんだけど。強いて言うなら、俺がつっこまれるほうが多い。」
「どっちってないの?」渡辺は心底驚いた顔をする。「で、おまえがそっちなの?」
「うん。」
「へえ……。」渡辺が再び和樹を上から下まで見た。さっきよりもねっとりとした視線に感じる。
「やだ、そんな目で見ないで。」和樹はふざけて横座りをする。
「いやいや、何もしないけど。」
和樹は即座に元の姿勢に戻る。「当たり前だ、馬鹿。」
「痛くねえの?」
「おまえ、もう少し遠慮した聞き方ってのはできないのか?」
「どう遠慮して聞いても失礼な質問には変わんないだろ。」
「失礼な質問だとは分かってるんだ。」
「心の友だからいいかなと思って。」
「誰が心の友だ。」
「だってケツだろ? どう考えても痛い。」
「痛いよ。」
「やっぱり。でもすんの?」
「最初だけ。」
「慣れるんだ?」
「慣れる。そして、その先にはめくるめく世界。」
「おおお。」
「すごい。」
「すごいのか。」
「やばい。」
「やばいんだ……。」渡辺は顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「ろくでもない想像してんじゃねえよ。」和樹は空手チョップのように空を手で切った。
「世の中には、俺の知らないことがいろいろあるなあ……え、でもさ、それって。」
「まだ続くのかよ、この話。」和樹は後ろに倒れ込むように、また横たわった。
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