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第824話 Silver(20)
「どうやって決めんの? だってさ、おまえらの場合、どっちかが女っぽいとか、そういうのもないし。俺だったら痛いほうは絶対やだし。……あ、でもすごいのか。うーん。」
「その都度ジャンケンで決める。だからどっちがどっちやるかは時の運。」
「うっそぉ。」
「嘘。」
「あ?」
「別にね、どうだっていいんだよ、そこは。」
「良くないだろ、だって、男のプライドみたいなもんがさ。」
「プライドとそれは関係ねえだろ。」
「あるだろうが。」
「どうして?」
「だって……だってさ。えっと。」渡辺は口をパクパクさせている。
「ないだろ?」
「……ないか。」
「ないんだよ。」
「でも、初めてケツ使うってなった時、抵抗なかったわけ?」
和樹はやれやれとため息をつく。渡辺はどうしてもこの話題をやめてくれないようだ。「あったよ。ものすごくあった。最初の頃は俺が挿れる側だったし。」
「挿れるほうだって結構な勇気だよなあ。だって、男のケツだぜ?」
「女のケツと大差な……くはないけど、まあ、そうなったらなったで、なんとかなるよ。」
「なんとかなっちゃうのかあ。」
「だってさ、そういうこと、したいじゃん。好きなんだから。」
渡辺は和樹を見た。横たわる和樹は渡辺と目が合うのを避けて、自分の腕で目隠しをしている。
「そっか。好きなんだもんな。」
「うん。」
「好きなら、なんとかするよな。」
「うん。」和樹は横向きになり、背中を丸めた。渡辺にはその丸めた背を向ける格好だ。「……なんて言ってるけどさ。本当は、どうだったのかな。」
「え、本当のことって?」
「最初の頃は、俺があいつを好きってよりも、あいつに好かれてることに浮かれてたんだよね。俺にべた惚れなんだもん、あいつ。だから、なんて言ったらいいのかな……。そういうこともさ、すげえ上から目線で。そんなに好きならセックスしてやってもいい、みたいな感じだったと思う。」
「ご褒美セックスかよ。」
「そう。ひどい話だよ。で、それを、あいつは分かってた。分かってて、それでもいいと思ってくれてた。……思い出にして、終わらせようとしてた。」
「なんでそんな? そういう関係になれたんなら、ラッキーって思ってりゃいいのに。もし俺が好きな子とそんなチャンスあって、あわよくばつきあえるってんなら、大喜びで張り切っちゃうけどね。据え膳食わぬは、って言うじゃんよ。」
「ん。俺もそう。そうだった。」
「過去形。」
「今ならとびきり豪華な据え膳でも断るよ。」
「お、言い切ったね。」
「あいつは勝手に責任感じてるとこあってさ。男同士でつきあうっていう、世間的にはハードル高いことに俺を巻き込んだと思ってる。でもそうじゃない。告白したのは向こうだけど、俺は自分からあいつにもっと近づたいと思ってそうして、それでどんどん好きになった。つきあおうって言ったのは俺のほうだ。でも、俺の気持ちは全然信じてもらえなかった。キスしても何しても、ただの興味本位だろって言われて。」和樹は寝転んだまま180度回転して、今度は渡辺のほうを向いた。「今のおまえみたいなもんだと思われたんだな。」
「は、俺?」
「男同士のセックスがどんなもんか知りたいだけなんだろうって。」
「……俺は、そのぅ。」渡辺は気まずそうに口籠った。
「興味はあっても実行する気はない、だろ?」
「まあ、そうだな。」
「俺だって興味はあったよ。でも、それは男同士がどうとかじゃなくて、こいつに触ったらどうなるんだろう、キスしたらどうなるんだろうって、それまでつきあってきた女の子相手と同じ意味の興味だった。」
「でも、違うだろ? 触り心地からして違うじゃん、どう考えても。」
「そりゃね。あいつもそう思ったんだろうね。だから、俺がいくら好きだっつっても、好きだからセックスするんだって言っても、結局はどうせそのうち離れていくと思っててさ、そんなことないって言ったら、それなら俺に突っ込むぞって言いだした。」
「わ、厳しいな、それ。」
「俺は正直、それ言われるまで、全然考えてなかったんだ。自分が受け入れる側になる可能性ってもんに。今までと同じように段階踏んでたら、自然と挿れるほうやるじゃん。何の疑問もなくそうしてたから、そう言われて初めて、そっち側もあり得るのかって気が付いた。けどさ、ま、おまえの言う通り、痛そうだし、ちょっとひるんじゃって。」
「いやあ、それは抵抗あるわ。」
「好きだからセックスするって言うならできるだろうって言われてさ、そう言ったの確かに俺のほうだし、悪く言えば揚げ足取られたみたいなものだけど、あいつにしてみればそう言ってビビらせれば俺が逃げていくだろうって思ったんだろうな。でも、俺は、いいよ、できるよって言って。それが俺がそっちやることになった最初のきっかけ。」
「売り言葉に買い言葉じゃねえか。」
「そうだな。でも、本当にそれでいいと思ったんだ。それだけのことであいつが俺の本気を信じてくれるなら、そんなの、どっちでも良かった。」
「それにしても、彼氏もわざわざビビらせる必要ないのにな。せっかく好きって言ってもらえてるなら、ご褒美セックスでもなんでも大人しく抱かれてりゃいいじゃん。自分からぶち壊すようなこと言わなくても。」
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