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第825話 Silver(21)

「でもさ、現におまえだって、いくら興味があってもいざそうなったら抵抗あるわけだろ? 俺がいつ心変わりして、『やっぱ男は無理』なんて言い出すか、あいつが不安になるのも無理なかったと思う。ましてやあいつは、元カノとつきあってた頃の俺のことも目の当たりにしてるし。どっぷりつきあってから振られるなら、最初から無理だって拒否してほしかったんじゃないかな。」 「傷が浅いうちに、ってことか。」 「そう。……あいつはそれまでも男しか好きになれなくて、そのせいでいろいろキツイこともあったみたいで、恋愛に関してはすごく臆病だった。」 「ああ、それは分かる。ちょっとだけ。俺の場合は、例の彼女がさ、あんなことになったから……。」和樹はようやく渡辺のほうを見た。しかし、今度渡辺がうなだれていて、やはり視線が合うことはなかった。「本気で好きになるの、怖いんだよ。今でもね。また、俺の前からいなくなっちゃったら嫌だなって。」  和樹は再び起き上がり、渡辺と同様に床にあぐらをかいた。「涼矢も、そうなんだ。」 「そうって?」 「初恋の相手を亡くしてる。」 「病気?」  和樹は答えるのをためらった。涼矢は他人のプライベートに関しては口が堅い。こういった場面では決して答えないだろう。そもそも自分から話題に出すこともしないが。和樹は自分の軽率さを反省するが、もう遅かった。 「事故……みたいなものかな。」 「なんだよ、みたいなものって。」 「現場を直接見た人がいないから。」 「ああ、そういうことか。」渡辺は苦し紛れの和樹の言葉を信じたようだ。「そうか。」と繰り返し、腑に落ちた表情を浮かべる。「田崎氏も大変だったんだな。ゲイってだけでも嫌な思いして、その上そんなトラウマもあって。そりゃ臆病にもなるよな。」 「うん。」 「でも、おまえを好きになって、遠距離でこれだけ続いてて、今でもラブラブで。考えてみたらすげえな、おまえら。」 「俺、元カノだって長くて半年しか持たなかった。あいつが最長記録なんだよ。んで、今も記録更新中。」 「何がそんなにいいの?」 「滅多に会えないのがいいんじゃないの、って共通の友達に言われたことある。」 「あ、おまえらのこと知ってる友達もいるんだ?」渡辺は、自分以外にも「秘密」を知る友達がいると知り、少々不機嫌になる。  和樹は素早くそれを察し、過小な説明をした。「部活仲間だよ。俺ら、部活は同じ種目やっててライバルで、あまり仲良いほうでもなかったから、今になって東京と行き来してるのを知られると、何かと詮索されたりして却って面倒でさ、何人かには話した。こんな詳しく話してはいないけど。」 「へえ。」和樹の思惑通り、詳しい内情を知るのは自分だけだと知ると途端に機嫌を直す。 「まあ、滅多に会わないからってのも一理ある。」 「新鮮さが保てる的な?」 「そう。それに、相手のこと考えてる時間は逆に長い気がする。いつでも会える相手のことなんかあまり考えなくない?」 「確かに。」 「でも、それを100パー認めちゃったら、ずっと一緒にいたら飽きるのかって話になるよな。」 「なるねえ。」 「あんまりそういう気はしないんだよなあ。」 「飽きる気がしない?」 「うん。」 「あらあら、お熱いことで。よっぽど相性がいいんだねえ。」 「おまえが言うといやらしく聞こえるな。」 「それも含めて、じゃないの? だって、すごくて、やばいんだろ?」 「そうそう、すごくてやばい。そうだな、そっちの相性もばっちり。」 「あー、はいはい、ごちそうさん。もう聞いてられんわ。」 「おまえが聞きたがったからだろ。」 「充分、腹いっぱい。結婚式には呼んでね、って感じ。」 「おう、呼ぶよ。」 「どっちがドレス着るんだ?」渡辺が笑って言う。 「馬鹿言え、その時は二人でタキシード決めるよ。」 「あ、そっか。」 「うん。」  渡辺が一瞬何か言いかけて、黙る。それからおもむろに立ち上がった。「飲みもん、なくなったな。別の買ってくるか?」 「いや、いい。もう帰る。」 「そう。」渡辺は特に引き留めもしないし、和樹もそれを気に留めない。  和樹が三和土で靴を履いていると、渡辺が言った。 「さっきの、結構本気だったりする?」 「何が?」 「結婚式。二人でタキシード着るって言ってた。」 「……あれは冗談だけど、どうして?」 「どっちがドレス着るのかなんて聞いたの、悪かったと思って。男役とか女役とかさ、そういう言い方も、なんか間違ってた気がしてる。」 「間違ってはいないんじゃない? そう思うだろ、普通は。」 「いや、たぶん、そういうの、違う。俺にはうまく言えない……でも、そういうのを普通って言うのも違うと思う。じゃあなんて言えばいいのかっつうと……きっと、ミヤちゃんだったらそういう言い方しないって感じ。」 「……。」和樹は靴を履きかけたままの中腰の姿勢で止まり、少し思案した。「うん。きっとそうだな。」  その会話を最後に、和樹は渡辺の家を後にした。

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