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第826話 Smile!!(1)

 涼矢が和樹の両親の結婚式の写真を見たのは、その数日後のことだ。和樹経由で頼まれた宏樹が、画像データをスマホ宛てに送ってくれた。デジタルデータもあるのかもしれないけれど探し出せなかった、と注釈つきで送られてきたそれは、宏樹がスマホのカメラで撮影したもののようで、アルバム仕立ての台紙の部分まで見える。今でも美しい恵が、更に若さという武器を携え、豪華なウェディングドレスをまとって艶然と微笑んでいた。隣の新郎、つまり隆志は、恵に比べるとだいぶ緊張しているように見える。モデルをこなしていた恵と比較するのもかわいそうだが、写真全体としては「初々しい新婚さん」という印象を与えてくれているのはこの隆志の表情のおかげだ。  ふいに、以前、哲に見せられた「義父の写真」を思い出した。それはもっと粗い画像だった。こういった画像から更に義父のところだけをトリミングしたせいだろう。写真スタジオで使われるような無難な背景、この隆志のように若干緊張した面持ち、隣や前に誰かがいると思えば納得できるトリミング位置からして、元は家族の集合写真であったことが推測できたが、周囲にいたのが誰なのかは分からない。ただ、哲にとっては、切り取られ捨てられるべき人物だったのだろう。もしかしたら哲自身だったかもしれない。たとえば彼の七五三の家族写真。――いや、彼の母親が再婚したのはもっと後のはずだ。では再婚した時の写真だろうか。それにしては古い写真のように見えたが。  そんなことを思って、涼矢はひとり苦笑した。銀婚式のお祝いのための参考として送ってもらった結婚式の写真。それを見て、そういった幸せからもっとも縁遠そうな哲のことを思い出す自分に対して、だ。  宏樹が送ってくれた写真はそれだけではなかった。二枚目にはお色直しのドレスだろうか、光沢のある鮮やかな赤いドレスをまとった恵と、シルバーのタキシードを着た隆志。更に和装の写真もあった。新郎新婦の二人が写っている時には恵は椅子に座っていて、その次の写真では立ち姿の恵単独の写真。スタジオで撮影したらしき写真はそこまでで、その後には披露宴の時のスナップ写真が数枚。高砂にいる二人に、キャンドルサービスやケーキカットの瞬間を収めたものだ。  それらは参考になったと言えばなったが、涼矢が考えていたイメージとはかけ離れていた。参考になったのは、恵にとって結婚式がいかに一大事であったのかが分かった、という点だ。  恵にとってなのか、世の花嫁たちは皆そういうものなのか、涼矢は判断つきかねた。佐江子はこんな、肩が大きく開いたドレスは着ないだろう。真っ赤なドレスも着ないだろう。和装は準備が大変過ぎる。しかし、恵はいつにも増して晴れやかに美しく見える。そして、いくら涼矢と言えど、その笑顔はおもちゃのベールでは決して引き出せないことは想像できた。  ルックスも性格も、佐江子は恵とは正反対のタイプに見える。だから、恵が「結婚」や「結婚式」というものを重視していたとしても、佐江子はそうではない、という可能性は充分ある。とは言え、その息子たちである自分と和樹も同じく正反対の人種で、でも、意地っ張りなところは共通しているし、相手の喜びを自分の喜びに感じるところもそうだ。  今回の計画を、あのおもちゃのベールで実行しても、きっと佐江子は喜ぶだろうとも思う。だが、それは「息子がしてくれた」ということへの喜びであり、自分の銀婚式が華やかに彩られたことへの喜びではないだろう。  涼矢はスマホをズボンのポケットに押し込むと、自分の部屋を出て階下へ降りた。それからこっそりと夫婦の寝室に入る。佐江子のクローゼットを開け、記憶の限りで一番体のラインにぴったりしたスーツを出し、そのサイズをスマホのカメラに収めた。  それから千佳に連絡を取り、翌日大学で会うことを約束した。 「私が作れるのは布バッグぐらいで、ちゃんとしたドレスなんて無理だよ。」と千佳は言った。 「ちゃんとしてなくていいんだ、それ風なら。」と涼矢が言った。 「そういうのが一番困る。ウエディングドレスがちゃんとしてなかったら、パーティーの余興のコスプレ衣装みたいになっちゃうよ?」 「そうか。」涼矢は自身が高校時代に着せられたメイドのコスプレ衣装を思い出した。確かにあれなら佐江子の仕事着のスーツのほうがマシだ。 「レンタルしたら?」 「レンタル?」 「成人式のお着物だってレンタルあるでしょ? ドレスもあるよ、そういうの。結婚式のドレスなんて自前の人のほうが少ないんじゃない?」 「そうか、その手が。」 「あとはリサイクルショップにも掘り出し物があるかも。ネットオークションもあるし。でも、ネットだと画像の印象と実物が違ったりするから、そういう大事なものの時はちょっと怖いよね。」  大事なもの。ウエディングドレスとなると皆そう言う。「ドレスって言っても、ワンピースっていうのかな、ちょっとかしこまったワンピースってぐらいの、そういうのがいいんだ。裾をずるずる引きずるようなのじゃなくて。」

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