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第2話 事件(2)

 そんな経緯で、和樹は夜8時、最寄駅の改札口でエミリを待った。 「ごめんね。」予定通りに、エミリがやってきた。顔色が悪い。エミリは体育大学に推薦で入学したような、活発な女子だ。その彼女がすっかり弱々しくなっている。こんなエミリは見たことがない。涼矢に失恋した時だって、これよりは元気があった気がする。 「飯は?」 「食べてないけど、いい。」 「だめだよ、何か食べなきゃ。そんな顔色して。」和樹はアパートに帰る道すがら、コンビニでエミリ用にも弁当を買ってやった。コンビニを出ようとすると、エミリが引きとめた。 「あ……あの、すっごい悪いんだけど、きょ、今日、泊めてもらえない、かな? 泊めてもらえるんだったら、他にもちょっと、買うもの、あるから。」 「……俺、一人暮らしだぞ?」 「わかってる。」 「ダメって言ったらどうなるの。」 「……そうだよね。ただ、あの、あたし今、お金も、あんまり、持ってなくて、ホテルに泊まるのも無理で、クレカも部屋に置きっぱなしで……あ、じゃあ、その分のお金貸してくれないかな。もちろん、ちゃんと、すぐ返すから。」  和樹はしばらく思案した。一人暮らしを始めてから、女性に限らず自分の部屋に他人を泊めたことはない。大学で知り合った友達の多くは元々都内在住者で、電車のある時間帯なら普通に実家に帰るし、まだ未成年の和樹は帰れないほど深夜に及ぶ飲み会には参加していなかった。お金を貸す、という提案に関しては、今持っている財布には少額しか入っていないが、一度家に帰ってかき集めればまともなホテルに一泊できる分ぐらいはなんとかなるはずではあった。  でも、この状況でエミリを1人にしておく気にはなれなかった。 「いいよ、泊まって。」和樹は言った。  それを聞くとエミリはほっと安堵の息を吐き、下着と短期旅行用の基礎化粧品セットを自分で買った。「これ買っちゃったら、あと小銭しかないの。明日銀行が開いたら、お金下ろしてお弁当代返すね。今、時間外だから手数料かかって……。」 「いいから、そんなの。」自分だけではなく、エミリも余裕のある生活はしていないらしい。ますます放り出すわけにはいかないと和樹は思う。  和樹はエミリを自分の部屋に上げた。テーブルの上の食べかけのお弁当を見て、エミリは泣きそうな顔をした。「ごめんね。」 「ま、とりあえず食おう。」和樹はエミリのお弁当を電子レンジで加熱して、その間に水をコップに注いで、エミリに渡す。単なる水道水だ。  8畳間に小さなキッチンの1Kの部屋。そこにベッドと小さなローテーブルが置かれ、更にクローゼット代わりの収納ケースが積まれているから、座るスペースすらほとんどない。しかも和樹は散らかし屋で、脱いだ服や読みかけの雑誌もそこらに置きっぱなしにするものだから余計だ。それでもエミリはそのことを気にする様子はない。もともと気にならないタイプなのか、そこまでの精神的余裕がないのかは、どちらとも判断つかないが。 「和樹の、冷めちゃったね。」湯気の立つコンビニ弁当を前に、エミリが呟く。 「ああ、いいよ、別に。」  そして、2人で黙々と食べ始めた。食べ終わると、エミリがまた「ごめんね。」と言った。 「謝ってばかりだな。エミリらしくもない。」和樹は言った。 「うん……。ええと、まずはありがとう。それで、なんでこうなっちゃってるかというと。」エミリは頭を整理している様子で、しばらく考え込んだ。「まず、入学して割とすぐ、男性を紹介されたの。同じ専攻の先輩に。その人の高校時代の友達とかで、2つ年上の他大の人。」 「うん。」 「それで、見た目は大して好みではなかったんだけど、優しそうだったし、紹介してくれた先輩も良い人だったから、つきあうことにしたのね。」 「ほう。」 「でも、束縛っていうか、執着っていうか、そういうのがひどくて。朝から晩まで、今何してるとか、どこにいるとか、誰といるとか、メッセージ来て。でもあたし、普通の講義もあるけど、プールやジムにいたり、ランニングしてたり、そういうトレーニング時間だって当然長いわけじゃない? そんな時にスマホなんかいじらないし、すぐには応えられないでしょう? でも、向こうは普通の大学だから、そういうの、わからないみたいで、休み時間だってあるだろ、返事ぐらいできるだろって怒るの。」 「うぜえ奴だな。」自分も涼矢に似たようなことをしているので耳が痛いが、そこまでひどくはないはずだ、と自分には甘い和樹だった。 「そう。ほんっと、うざかった。カリキュラムやトレーニング表を見せて、なんとか理解してもらったけど、今度はコーチとかが男だってことに文句言って来て。水着で男の前に出るなみたいな。そんな、あたしスイマーなのに水着着ないでどうやれって言うのよね。」

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